「長生きすることは本当にいいことかな」
そして、あと10年もすると人口が最も多い団塊の世代が80歳近くになります。団塊の世代の人口は約660万人。その多くが要介護者になる時代がやってくるわけです。
「そうなったら今のような介護保険制度を維持するのは無理。利用者の負担は増え、介護に格差が生まれるようになるはずです」
とIさんは言います。介護サービスが利用できるのは一部の富裕層だけで、その余裕のない人は介護を受けることもできなくなる時代がくるというのです。
IさんとWさんとは別々に会っているのですが、取材後の雑談をしていると、こうした介護の今後を憂える話題になります。そしてふたりに共通するのは、本音を漏らすように「この問題を考えていると、医療の発達は果たしていいことなのか、と思ってしまいますよね」という言葉を口にすることです。
父の介護でお世話になった時、ふたりは親身になって話を聞き、父の状態が少しでも良くなるよう力を尽くしてくれました。プロ中のプロといえる人です。とくに訪問看護師のWさんは医療従事者ですし、看護をしている時は医療に対する疑問など微塵も頭にないでしょう。身につけた最新の医療知識と技術を担当する患者のために精一杯施してくれましたし、指示を出す医師もリスペクトしているにちがいありません。
しかし、その一方で悲惨な介護現場もたくさん見てきているわけです。聞いた話によると、長引く介護のつらさや病気による痛みから「死にたい」が口癖になっている人もいる、認知症による徘徊がひどく外に出られないよう居室を座敷牢のようにされている人もいる、放置され汚物まみれになっている人やDVの形跡がある人もいるそうです。
もちろん医療の発達は人々の長生きしたい、病気に打ち勝ちたいという願いの実現であり、プラス面の方が多いことは言うまでもありませんが、介護の現実に触れたり今後の問題を考えたりすると、人が生かされ過ぎることへのマイナス面を感じざるを得なくなるのでしょう。
実は私も、父のまるで朽ちていくような最期を目の当たりにし「長生きすることはいいことなのだろうか」と思っていたところだったので、ふたりがそう言いたくなる気持ちがわかりました。
ともあれ今後、介護の負担が増す一方であることは確かでしょう。そんな時代が来ても長生きしたい意欲のある方は、そのための準備(とくに経済面)をしておいた方がよさそうです。