中内功は生活者の意識や価値観も変革した
中内さんは、「ダイエーの創業者」であり「流通革命の第一人者」「強い志を持ったオーナー経営者」であった。そしてあるときは「哲学者」のような側面もあった。加えて、我々戦後の人間には計り知れない「戦争経験者」でもある。中内さんにまつわる「者」は、そのままそれが中内さんの生き方であり、歴史だった。
一方で、とにかく中内さんは一筋縄ではいかない。偏屈で天邪鬼、背も低く、ずんぐりむっくりで顔も悪い(失礼ながら!)。しかしどこか面白さがあり、憎めない。不思議な魅力がある。「え~っ! そんなひどい仕打ちを受けたの?」というような悲惨な目にあった人でさえ、後に中内さんの話になるとしかめ面をしながらも目を輝かせ、中内さんと共に働き、あるときは一戦を交えた時代があったことを人生の勲章にしていることを隠し切れない様子を見せるのだ。
このように、人々の心を揺さぶり、多くの人に愛されしかし時として憎まれ、絶賛され疎んじられた中内さん。自分に対する評価が二分三分するのも意に介さない豪傑なのかと思いきや、実はそれを気にしてウジウジしている。しかし、実現不可能と思えるようなことに果敢に挑戦し、やってみせる。本当に複雑で予測がつかない。中内さんが自称する「カオス」(混沌)とはこういうことなのか。
このような『長』ではない『者』──本当の意味での大物CEO──は今後この日本に出てくるのだろうか? 恐らく、大変残念ではあるが、出てこないと思う。中内さん以上に金儲けする人、中内さん以上に理路整然と経営について語れる人、こうした人は今後も出てくることだろう。しかし、戦後裸一貫から身を起こし、流通業を基軸として第一次産業から第三次産業に至るまで日本経済全体に大きな影響を及ぼし、かつ生活者の意識や価値観をも変革した中内さん。こんな経営者はもはや出ないであろう。
※本稿は書籍『中内功のかばん持ち』(恩地祥光 著)から抜粋・改定したものです。