困難に挑んできた経営者たちが見出した「束ねるための秘伝」を紹介する。認識・関係・環境・人格の4つのアプローチに分けて、それぞれの方法を検討してみよう。
いつの時代でも基本はチャレンジ精神でしょう。新しいマーケットを開拓しようと頑張ることで洞察力が備わり、新しい考え方も生まれてくる。そのためには情報が必要です。それも書物で得るだけではなく、実際に自分で見たり、聞いたり、あるいは人と接したりして得る、生きた情報が重要です。私の経験で言えば30代の前半に、群馬県大泉町で分譲住宅を企画したことが原点になっています。最初は東京への通勤者向けを想定したのですが、自分で現地に赴き、調査した結果、これから多くの企業が進出し、企業城下町として発展する可能性が非常に高い場所だと判断しました。そこで、現地における我々のポジションは何なのだろうと考えてみたわけです。
私は企業の担当者や労働組合の方と膝を突き合わせ、ときには酒も酌み交わしたりしながら、情報を集めました。そしてわかったことは、この土地に転勤を希望する理由の一つとして「持ち家が持てる」という方が多く、そうした方は「ここに骨を埋める」覚悟を持っているということでした。一方、既存の建売住宅の多くは、確かに安いけれど、これでみなさんの満足度が満たされるだろうかとの印象でした。そう感じた私は、敷地を従来の物件の2倍以上にし、高級感のある住宅造りをイメージしたのです。
企画の私、それに設計や工事担当、販売担当の、あわせて10人足らずでプロジェクトチームをつくり、ホテルで寝食を共にしながら認識の共有化をはかりました。同時に各企業にも働きかけて社内ローンを有利にしてもらうなど、実際に購入してもらうためのフレームワークもつくりました。高めの価格設定だったのですが、火がついたようにみなさんに買っていただくことができました。先見性を持ってイメージをはっきりさせ、それが本当にチャレンジできるものであるかどうかの裏付けを取る。それを繰り返し、繰り返し、徹底的にやりました。学んでは思い、思っては学ぶという、論語の「学思」の教えを実践したのです。
(09年3月16日号当時・社長構成=中村尚樹)
奈良雅弘氏が分析・解説
木村氏の事例は、プロジェクトを立ち上げる際の、オーソドックスな「認識づくり」のプロセスを提示している。新事業のテーマが斬新であるほど、発案した本人と周囲との認識ギャップは大きく、理解させることは難しくなる。木村氏は、少人数のメンバーと濃密な議論を積み上げることで、彼らの認識水準を一気に引き上げ、実行への強い味方として束ねあげたのだ。
1959年生まれ。東京大学文学部卒業。人材育成に関する理論構築と教育コンテンツ開発が専門。著書に『日経TEST公式ワークブック』(日本経済新聞社との共編、日経BP)がある。