植木清治(松美柔道スポーツ少年団団長)
晴れの舞台である。東京・日本武道館。先の全日本選手権開会式後、昨夏の世界選手権メダリストを幼少時代に育てた道場指導者が、全日本柔道連盟から『特別表彰』を受けた。73kg級の大野将平を柔道に導いた山口県山口市の松美柔道スポーツ少年団団長の植木清治さんも記念の盾を贈呈された。
まぶしい照明の下、伝統ある畳みに立ち、観客から大きな拍手を浴びる。植木さんは少しばかり緊張した面持ちだった。
指導者の一番の喜びは? と聞けば、「今日みたいな時ですかね」と相好を崩した。
「こんな場所で表彰されることはまず、ないですから。日ごろなら、それまで弱かった子が一本取ってくれたら、うれしいですね。“よくやったなあ”と褒めます」
子ども視線の謙虚さを併せ持つ。偉ぶったところは少しもない。表彰式のあと、スタンドの大野から大きな声をかけられた。
「おめでとうございます」
「おお~、将平。ありがと~。おまえのおかげだよ」
63歳の植木さんは、山口刑務所の刑務官を勤める。スポーツ少年団の柔道指導者となって、ざっと30年が経つ。ロンドン五輪代表の上川大樹に次ぎ、大野に対しても小学校6年間、柔道を指導した。
「ワタシは、たまたま、ですから。将平は負けん気の強い子でした。ちっちゃい頃は泣いて向かってきていた。ワタシのあと、立派な先生からいろいろな指導を受けて、どんどん強くなっていったのです」
大野の植木さん評は。
「いい先生としか表現できません。親戚のおじさんなので、よくしてもらっています。ずっと練習の相手もしてくれました。自由気ままと言ったらおかしいですが、うるさいことは言わず、厳しくもなかったですね」
植木さんの指導理念の第一は「柔道を嫌いにならないようにすること」という。
「子どもが柔道離れしていますので、まずは少しでも興味を持って、長く柔道を続けてくれればいいなと願いながら指導しています。“先に一本取れ”ってよく、言います。一本取ると、オモシロいですから」
もちろん、本気でやらない子どもがいたら、「本気でやらんか!」と叱ることもある。
「叱ったら、褒めます。柔道はしんどい。でもしんどい中で、がんばったら勝てるというのが楽しいじゃないですか。ワタシは型にはめず、伸び伸びと子どもたちに育っていってほしいのです」
ただ、「目標に向かって頑張れ!」とは口を酸っぱくして言う。山口市で優勝したいなら、それを目標に鍛練する。勝てば、山口県、さらには全国大会と自身の目標が高くなっていく。最後は「五輪が目標」となる。
教え子たちの成長を見るのは、指導者冥利に尽きるだろう。
これからの目標は?
「次から次に、上川や将平のような人材が出てくることでしょうね」
植木さんは子どもの可能性を信じ、柔道の楽しさを伝える。「先に一本とれ!」と言い続ける。教え子とともに夢を追うのである。