「たかが火事」と見くびってはいけない。実は、あの9.11アメリカ同時多発テロで世界貿易センタービルが崩落したのも、旅客機が激突した際の衝撃ではなく、衝突後に発生した火災が原因だったというのだ。
「火災の高熱によって、超高層ビルの構造を支えている鉄骨の強度が劣化する“座屈”が発生し、その結果ビルの倒壊へと至ったのです」。火災のメカニズムに関する最新のデータに基づきそう分析するのは、日本における火災安全工学の第一人者・辻本誠教授。本書では、そんな辻本教授が、意外と知られていない火災の実像を解説していく。
一般的に日本の火災は、密集する木造家屋が延焼して発生する「都市大火」が特徴とされてきた。しかし明治以降、レンガ造りやコンクリート造りなど建築物の不燃化が進んだことで、火災の脅威は大きく軽減されたと思われている。ところが現実は、超高層ビルや大深度地下空間の増加、一般住宅の高断熱・高気密化が進んだことなどにより、私たちの生活空間では知らぬ間に、火災に対する新たなリスクが高まっているという。
「冷暖房効率を高めるという、本来“エコ”の観点から導入が進んだ断熱材ですが、入手が容易で施工性は高く、となるとどうしても石油製品になりがちです。これらは当然、簡単には火が付かないよう難燃処理はされていますが、屋外へ熱が逃げない高温の室内でいったん燃え始めてしまうと、例えばフラッシュオーバーと呼ばれる爆発的な燃焼を引き起こす危険性があります」
また、焼損面積は極小でも致死力は十分という一酸化炭素中毒や、火災死因のおよそ1割にも及ぶという着衣着火の増加に加えて、団塊の世代が80代を迎える20年後には、高齢者の火災死亡リスクは現在より3割増加するという。こうした技術的、社会的な要因が重なった結果、日本社会は「火災死爆発」時代へと突入するというのだ。
こう警鐘を鳴らす辻本教授は、原寸大のモデルルームに火をかけるという実証的な試験を通して、新たな火災リスクを科学的に解明しつつ、火災警報器と火災感知器の正しい使い分け方や、消火器の使い方のコツなど、防火に役立つ心得を解説する。
同時に、辻本教授は一度構築した安全システムへの過信を戒める。「すべての機械は、壊れるときには壊れます。そのリスクを完全に払拭できない以上、まずはその性能値を低く見積もり、安全を確保することが肝要です」。リスク管理に関心が高まる現在、示唆に富む一冊といえよう。