2人の主人公が登場する。新卒で入社した会社を辞め、起業を志す20代の若者。そして大手不動産会社のリストラ部長を務めた後、最後は自らも会社を去ったその父親――。年の離れた親子の奮闘を通して著者の江波戸哲夫さんが描いたのは、経済不況下での様々な困難に直面しながら、それを乗り越えていく希望の物語だ。
「仕事や労働をわが手にすることは、その人の幸せに必ず繋がる。同じく仕事によって自分を表現したいという欲求は、どんな人の中にも眠っている。人生はもちろん仕事だけではないし、家族もいれば、恋人や友人もいます。それでも仕事によって社会と繋がっているという実感を持てる人は、人生の半分は幸せだと言えるのではないか、という思いが僕の中にあるんです」
本書の主人公の一人・田中雅人は、自治体の起業支援施設にオフィスを借り、アパレル系企業に提供するソフトウエアを友人と開発している。対して父親の辰夫はハローワークに通ううち、ある事件をきっかけにかつて自らがリストラした同僚たちと再会、不動産の委託販売会社を立ち上げることになる。あと少しで成功が掴めそうになったとき、雅人は狡猾な先達に足元をすくわれ、辰夫もまた悪意ある妨害を受け始める。詳細な取材に基づく2つの物語は、「仕事とは何か」という問いに答えようとするのと同時に、実際には一筋縄ではいかない「起業」の厳しさも伝えている。
「ビジネスは自己表現の場である一方で弱肉強食の生存競争です。その間を行ったり来たりして悩みつつも、彼らが自分の仕事に対する誇りを取り戻そうとする姿を描きたかった」
たとえ仕事がうまくいかずに行き詰まってしまっても、あるとき少しだけ歯車が合い始めたことを契機に、前向きな力が湧いてくる。一度は絶望的な状況に陥りながらも、「仕事」を人生の中の肯定的なものとしてとらえ直そうと行動する登場人物たちの姿は、多くの働く人々を勇気付けるのではないだろうか。
「就職が困難な時代になると、確かに老いも若きも仕事へのモチベーションを持ち難くなります」
しかしそれがビジネスとして成立している限り、どのような仕事にも肯定的な側面は残されているはずだ、と江波戸さんは繰り返した。
「そのいい面をしっかりと受け止め、若者に響かせるようなリーダーシップがいまの企業には求められています。仕事をすることが幸せだと言える人が増えていくことから、希望もまた生まれてくると思うんです」