私たちが使っている言葉のなかには、仏教に由来する言葉がたくさんあります。その理由を、私は「地下水」にたとえて説明しています。つまり「日本人の心と生活の奥底には、仏教思想という地下水が脈々と流れている」ということです。

仏教が日本に伝えられたのは6世紀頃で、当初は一部の権力者や高貴な人たちのものでした。しかし、室町以降、江戸時代にかけて庶民に浸透し、大衆化が進みます。その結果、人々の暮らしに仏教思想が深く入り込んでいきました。それが地下水となり、地上にしみ出すようにして人々の生活に潤いを与えてきたのです。それゆえ政治、経済、文化、あらゆる分野に仏教思想と結びついた言葉が広く使われているのでしょう。キヤノンやカルピスなどの社名・商品名も、実は仏教語なのです。

現代は科学至上主義、経済中心主義がはびこって、心の潤いがなくなりつつあります。いま改めて身近な仏教語に注目することで、日本人が忘れていた地下水をくみ上げて、日常の潤いとしていただきたいですね。

◇世間【せけん】

世間並み、世間話、世間体、世間が広い……など、世間がつく言葉は多い。世間は、一般には世の中や社会、交際の範囲といった意味で使われる。

しかし、仏教語としての世間は生きもの(衆生世間(しゅじょうせけん))と、それを住まわせる山河大地(器(き)世間)、および生きものと山河大地を構成する要素(五蘊(ごうん)世間)の総称である。生命あるもの、一切の人や動物が生活する境界を世間と呼んでいて、それが一般の人々の生活する社会という意味に使われるようになったのである。

世間とは現実の現象世界、つまりは俗世間のことで、そこを超越した仏様の境界を出世間という。これが縮まって「出世」(世に出て立派な地位や身分になること)という言葉が生まれた。

まずは世の中、社会というものをよく理解し、さりとて世間の常識にとらわれることなく、そこから飛び抜けたアイデアを出した者が、出世を手にするということなのかもしれない。