冷蔵庫内のタッパーに「手書きの付箋」
「どこか抜けている」彼の部屋だから、散らかっているかもしれない。そう想像していた彼女だったが、部屋は驚くほどきれいに片づけられていた。
洗いかけの食器も、脱ぎ散らかした服もない。しかも、キッチンやトイレの水回りが、ピカピカに磨かれている。キッチンのシンクはきれいに拭き上げられ、水垢の痕跡すらない。想像とはかけ離れた、整理整頓された部屋を見て、彼女は言った。
「お掃除がめちゃくちゃ上手いんだね!」
彼は、ごく当たり前のことのように答えた。
「実家がすぐそこだから、自分が仕事に行っている間に、母親が掃除してくれてる」
その言葉に、彼女は不安になったという。彼が母親に頼りきりなのではないかと思ったのだ。彼の母親は合鍵を持ち、彼が不在の間に部屋に入って片づけているようだった。映画を観る前に、彼は彼女に冷蔵庫のペットボトルを取ってほしいと頼んだ。彼女は扉を開けた瞬間、絶句した。
冷蔵庫には、いくつもの食品用の保存容器がきれいに並んでいた。それぞれの容器の側面には、中身が一目でわかるよう、手書きの付箋が貼られている。
「煮込みハンバーグ」「きんぴらごぼう」「タコのマリネ」。ほかにも3〜4品入っている。
彼女は、彼の母親が運んできた総菜なのだと受け止めた。きれいな部屋だけでなく、日々の食事も母親が支えているのだ。
実態は「大人の子供部屋」だった
彼女は、結婚するなら一人暮らしの経験がある男性と、二人で協力して家事をしていきたいと思っていた。
だが、彼女には、彼の暮らしが一人暮らしとは名ばかりに思えた。まるで、実家の子供部屋を別の場所に移しただけの「分室」ではないか。彼は掃除と食事を母親に頼っている。ならば、洗濯くらいはするのか。彼女が恐る恐る尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「自分でやってもよいんだけど、帰ってくると全部洗濯されてる」
やはり、彼のさわやかな綿のシャツも、母親がアイロンをかけているのだろう。彼女はそう思った。
彼は会社でも信頼され、期待されている様子で、帰宅が遅くなる日もある。それでもデートの日には、決まっておしゃれで清潔感のある装いで現れる。
いつも優雅で、余裕があるように見える彼を、家事の面で支えていたのは母親だったのだ。この「きれいすぎる部屋」に、彼女は奈落の底に落とされた気持ちになった。

