「ボクはこの世界では、溺れちゃう」
鴨川に石を投げて、ヒデ君は言いました。
「こうちゃん、大学、がんばってね」
やけっぱちな毎日を過ごしていた私は、吐き捨てるように答えました。
「すぐに世界は終わるんだから、もう、どうだっていいよ」
1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる。ノストラダムスはそう予言したそうです。私たちは子どものころから、人類滅亡の日が来ると信じていました。ヒデ君は笑いました。
「こうちゃん、ボクはね、もうすぐこの世界が終わることに、ホッとしてるんだ。ボクはこの世界では、溺れちゃうから。だけど、こうちゃんの世界は終わらない気がする。こうちゃんは何か、すごく大事な仕事をするんじゃないかな。だってこうちゃんは、この世界で元気に泳いでいられる人だから」
ヒデ君と橋を渡って、駅の入口で別れました。私は改札に向かって階段を降り、振り返って仰ぎ見ると、ヒデ君はゆっくりと私に手を振っていました。
バイバイ。
これが、ヒデ君を見た最後です。
エアメール後に消息が途絶えたヒデ君
ヒデ君が言った通り、私の世界は終わりませんでした。
その夏の終わり、母が脳梗塞で倒れ、軽い後遺症が残ったことをきっかけに、私は司法試験を受けることを決意しました。五体満足で親の脛をかじっている学生の身が、だらだら腐っていることにわれながら嫌気がさした……という感じでした。
大学院に進む準備をはじめ、がむしゃらに勉強をしました。5度の挑戦で司法試験に合格して、いくつかの事務所を渡り歩き、現在に至ります。
大学院生のころ、京都のアパートにヒデ君がポストカードを送ってくれたことがありました。私も当時の彼の東京の住所に、自分の近況とメールアドレスを書いた手紙を返しました。
その後、旅先だというヨーロッパからエアメールが届き、私はもう一度東京へ手紙を送りましたが、宛先不明で戻ってきてしまいました。それきり、消息は途絶えてしまいました。
私たちの家があった場所は、10年ほど前に整然とした住宅地に変わってしまいました。団地も、森も、きれいさっぱりなくなって、母に聞いても、ヒデ君の家族がどこに引っ越したのかわかりませんでした。

