一人ひとりが、判断と責任を担う組織

私は三菱銀行に10年以上勤め、国内外の支店にも、本社の営業部門や審査部門にもいた。そこで経験したのは、日常の個別案件について、担当者が起案し、組織としての判断を積み上げていく仕事の進め方だった。現場の担当者に権限があり、自ら考えて案件を組み立てる。ミッションやビジョン、戦略はトップから示され、個別案件の判断は現場から積み上げていく。その役割分担がはっきりしていた。頭取や役員と親しい人の案件だからという理由で、個別案件がトップダウンで下りてくることは、少なくとも私の在籍中には一度も経験しなかった。

それを支えていたのは、決裁の手続きを定めた制度だけではない。三菱には、岩崎弥太郎のDNA、三菱のDNAと呼ぶべきものがあり、それが求心力となって、グループの企業同士が信頼し合い、強くつながっている。「組織の三菱」と呼ばれる理由はそこにある。不文律を含めたルールや規律が整い、どうあるべきかがはっきりと示されている。何を大切にするのか、仕事にどう向き合うのか、どこまで自分が責任を持つのか。そうした判断の基準が、新人研修や日々の業務を通じて浸透し、企業DNAとして社員一人ひとりに共有されていた。そして三菱で働く人たちは、三菱で働いていることに誇りを持っていた。

権限を任せる仕組みが機能していたのは、この企業DNAが一人ひとりのなかにあったからである。権限を渡された人が、自分の仕事として考え、責任を持って最後までやり遂げる。その積み重ねが、組織の力になっていた。

三菱UFJ信託銀行 信託博物館
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あえて遅いという側面もあった

この仕組みには、あえて遅いという側面もあった。担当者が起案し、上席と審査部門が一つひとつ確かめていくため、決定までには時間がかかる。スピードが勝負を分ける局面では、それが機会を逃す要因にもなりうる。一方でその慎重さは、判断の質を守り、組織を大きな失敗から遠ざける力としても働いた。同じ仕組みが、局面によって遅さにもなり、組織を守る力にもなる。その両面を見ることが、組織の力を見るということなのだと思う。

企業DNAとは、創業者の言葉が残っていることに加えて、その考え方が、後の世代の判断と行動に生きていることである。

制度の性格は大きく異なるものの、人材の育成と登用を、指導者個人の力量だけに頼らせないという点で、オスマン帝国が教育によって帝国の流儀を浸透させ、能力のある者に任せた仕組みと重ねて見ることができる。組織図や規程を整えるだけで、この力が備わるわけではない。共通の価値観があり、それを実際の仕事のなかで身につけ、判断する経験を重ねていく。その積み重ねが、次の世代にも経営を担う力が育っていく条件になる。