「女帝=悪魔に違いない」という偏見?
しかし、武則天は本当に我が子を殺すような残虐な殺人鬼だったのでしょうか。実は、赤ん坊殺しが詳細に書かれているのは彼女の死後かなり経ってからの歴史書であり、古い記録には「娘は急死した」としか記されていません。当時の歴史書は儒教思想の強い男性官僚によって書かれていました。「女帝になるような奴は我が子を殺す悪魔に違いない」というバイアスで話が盛られた可能性も十分にあるのです。
実際の彼女の治世では農民反乱はほとんど起きず、経済は安定し、科挙を整備して才能ある人材を多数登用しました。彼女の墓の前には、何も文字が刻まれていない無字碑が立っています。これは男性官僚の嫌がらせなのか、「私の功罪は文字で語るには大きすぎる」という彼女の自信なのか、あるいは孤独の表れなのか。
きらびやかな後宮の奥深くに隠された真実は、今も歴史のミステリーとして私たちに重い問いを投げかけているのです。
中国が生んだもう一つの「権力の怪物」
想像してみてください。今の生活を捨て去り、絶大な権力を握るチャンスがあるとして、その条件が「麻酔なしで自らの生殖器を切り落とすこと」だとしたら、あなたは応じるでしょうか。
中国四千年の歴史において、この悪魔の契約にサインした男たちが何十万人も存在しました。彼らは宦官と呼ばれ、生殖能力と引き換えに皇帝の寝室に入ることまで許された歴史上最も特異なエリート集団であり、同時に国を滅亡に追いやった陰の支配者たちでもありました。猟奇的な宦官の「作り方」と、究極の選択をした彼らの末路を見ていきましょう。
なぜ皇帝は側近に去勢などと残酷なことを求めたのでしょう。それは単なる嫌がらせではなく、独裁者が抱える恐怖に基づく、極めて冷徹で合理的な二つの計算式に基づくものでした。
血統の純潔を守る:皇帝のためだけに数千人の美女が暮らす後宮に、皇帝以外の「男」がいれば間違いが起きる可能性があります。万一にも皇帝の血を引かない子が次期皇帝になる「王朝乗っ取り」のリスクを物理的に防ぐため、生殖機能を持たない宦官だけが後宮に入れました。
権力の独占:宦官は子どもを作れず家族を持てないため、権力を得てもそれは一代限りです。家系に地位を継承するという野心が芽生えないため、彼らは自分の地位を守るために皇帝個人に尽くすしかありません。孤独な独裁者にとって、宦官こそが最も裏切らない安全な手駒だったのです。

