エッセイスト・CFプロデューサー 檀太郎
1943年、作家・檀一雄の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイスト。俳優、広告代理店勤務を経て、87年に仲間とともに独立し「エンジンフイルム」を設立。プロデューサーとして活躍する一方で、旅やグルメに関するエッセイを多く執筆、講演活動もしている。2009年からは、父・檀一雄の終の棲み家となった能古島(福岡市西区)に夫婦で転居し現在に至る。著書に『新・檀流クッキング』『好「食」一代男』『作家が旅したあの町この町:京都・奈良・大阪・神戸』など。
福岡に移り住んで、ちょうど4年が経過したところです。晩年父が住んでいた家は、博多湾に浮かぶ能古島にあります。橋もない離島ですが、博多の街は目と鼻の先。父が住んでいた家は、崩壊寸前だったので建て替え、夫婦2人で暮らしています。いまだ仕事は東京にあるのですが、割り切って月に数回飛行機に乗っているのが現実。
10分フェリーに乗れば、博多の旨い食べもの屋さんにありつける。福岡の生活の中で足りないものは、おいしい蕎麦屋さん、と「一風堂」の河原成美社長に一言こぼしたら、「そんなら旨か店ば教えてやろう」と、連れられてきたのが「あ三五」です。本格的な蕎麦が揃っていて、どれもがうなるほどにおいしいのには本当にびっくり。店主と交わす食談議も愉しみのひとつで、蕎麦の薬味になっているくらいです。
そんなわけで、今では好みもわかってもらってるから、ただただ箸と口を動かすだけ。いろいろな蕎麦が品書きにはあるけれど、僕のお気に入りは花巻。海苔と山葵ときりっと仕上がった汁で二八本来の旨さを味わう。これこそ蕎麦の醍醐味じゃないかな。磯部さんの作る蕎麦は、東京でも絶対に味わえないと思います。
東京に仕事で出かけた折に、訪れたいのは東銀座の「クラッティーニ」です。以前住んでいた石神井の自宅近くのキャベツ畑に、小さなイタリアンレストランがあった。それが「クラッティーニ」でした。オープンして間もなくの出会いだったから、倉谷シェフとはもう20年来の付き合いになるかな。サルデーニャ島で奥義を極めた倉谷さんは、当時、郊外のレストランということもあり、あまり料理にコストがかけられず、思い切り腕が振るえないのが悩みのようでした。
その後、石神井を離れ、乃木坂、西麻布、丸の内へと友人に誘われて共同経営の店を展開。そしてついに昨年、歌舞伎座の近くで自分の店をオープン。キッチンと客席のバランスが非常にいい店です。倉谷さんのオリジナルメニュー、冷たい桃のパスタはあまりにも有名になりました。福岡から予約して、羽田に着いたら直行する。それくらい、倉谷さんのパスタが恋しくなるときがあるんだよね……。わが農園で栽培した唐辛子で「檀用唐辛子オイル」を作り置きしてもらっているのが自慢です。
僕は料理人と客とのコミュニケーションが大切だと感じます。客には、店の冷蔵庫の中に何が潜んでいるかはわからないでしょ。料理をする立場で考えると、今、最高のものを気心の知れた客に食べさせたい思いは、自然な流れ。素晴らしい料理人は、顔を見ただけで僕が何を食べたいかがわかる。そんな料理人のいる店は、大事にしなくちゃね。人間、通える店は自ずと限られますから。