中国経済が失速した60年前の「悪夢」

習政権による政策運営は、中国経済にとって足かせになる懸念がある。それは、かつての文化大革命が、中国経済にもたらした影響に似ているとの指摘もある。

1966〜76年に起きた文化大革命は、大躍進政策を巡る権力闘争だった。1958年、毛沢東氏は、農産物や鉄鋼の増産を目指して大躍進政策を推進した。しかし、当時の中国の生産能力を無視した開墾などが急増した結果、多くの農村は荒廃したといわれている。全国で大飢饉ききんも発生した。

それにより、一時、毛氏の権力基盤は不安定化した。代わりに、劉少奇氏の勢力が高まったといわれている。1966年、毛氏は権力を奪回すべく学生を先導して、自身への支持者を増やし政敵の打倒に取り組んだ。こうして文化大革命は起きた。

当時、文化大革命により知識人は迫害された。行政能力も低下した。人々の投資や消費の意欲もそがれ、経済成長率は低下した。試算の一つによると、文化大革命期の一年あたりGDP成長率は平均で1.5%程度に落ち込んだといわれている。

1967年、紅衛兵
1967年、紅衛兵(写真=『人民画報』/PD China/Wikimedia Commons

「政府の意向に従ったほうが得策」

より深刻なのは、官僚や企業経営者のマインドの変化だったかもしれない。文化大革命当時、大躍進政策で積極的に行動した官僚ほど、粛清の対象になることもあったといわれている。それを教訓に、中国の官僚組織などでは、「何もしないほうが得策」との価値観が浸透したとの分析は多い。

2012年に習政権が反腐敗を開始して以降、足元まで綱紀粛正・粛清は強化されている。官僚組織や企業経営者は、「政府の意向に従ったほうが得策」と考えるのは自然といえるだろう。資産秘匿などの疑いで、ファン・ビンビンなど著名な芸能人が摘発されたことも人々の投資、消費意欲を低下させただろう。

一方、政府が旗を振っている分野では、巨額の補助金や支援が供給され、投資が累増する。太陽光パネル、電気自動車(EV)では、補助金目当ての投資が急増し過剰生産能力は深刻だ。国内で行き場を失ったEVが、一気に海外に流出して輸出が急増する状況も鮮明だ。