「愛子天皇」につながる麻生氏の皇室観
麻生氏には、学習院を経験してこなかった悠仁親王は「天皇にふさわしくない」という思いがどこかにあることだろう。
麻生氏自身、初等科3年から大学まで学習院で学んだ。しかも、政治家としての座右の銘に掲げてきたのが「天下為公」である。「天下は公のものである」というこの言葉を、麻生氏は政治的判断をする上で、常に念頭に置いてきたと述べている。
もちろん、麻生氏が「天下為公」の精神を学習院で身につけたと語っているわけではない。ただ、皇族や華族の教育機関として始まった学習院で、生え抜きを意味する初等科から学んだ経験が、麻生氏の皇室観と無関係だったとは考えにくい。
そうであるならば、自らの親族である皇族が養親となり、養子に入った男性の子どもを学習院に通わせる。自分と同じ道をたどらせることで、皇族にふさわしい教育を受けさせたい。そうでなければ、本当に皇位が継承されたとは言えないのではないか。
それが、麻生氏の皇室観ではないだろうか。
実は、国民のあいだに「愛子天皇」待望論が高まったのも、麻生氏と共通の思いがあるからではないか。国民は、学習院を完全にスルーしてしまった悠仁親王よりも、学習院一筋で成長した愛子内親王のほうが「天皇にふさわしい」と考えているのだ。
もしも今後、養子案が不調に終わったとすれば、麻生氏も案外、「愛子天皇」を望むようになるのかもしれない。なにしろ愛子内親王は、学習院という大事な「母校の後輩」であるからだ。


