熱中症になるのを避けられても…

結局は「自分や家族をどこまで生かすのか」という問題です。のどが渇いていることに自分で気づかなくても「水分補給をして」と言われたり、自分で食べられなくなっても食べさせてもらえたり、胃ろうや心臓マッサージも本人が希望するなら、全て延命治療じゃなくて“必要な治療”です。とにかく死にたくないという人にとっては、家族や病院が手伝ってくれるいい方法なわけです。

けれども、人は必ず老いて、弱って死にます。ひと昔前は熱中症という呼び名がなかったから、“お年寄りが老いて亡くなりました”という状態に病名をつけて、死を先送りにしようとしているだけではないかと思います。

認知症が原因で死にそうな高齢者を病院に連れていって助けたら、その人はその後10年も長生きするわけではないでしょう?

本来、亡くなる時期を、ほんの数年間、死なないように延ばしたぐらい。そうやって日本人の平均寿命は延び、日本は世界で最も医療が優れているなどと言われているけれど、実は世界で最も“死にそうな人”を生かしているから平均寿命が長いだけなのかもしれません。

スマート家電を使って電気をつける年配の女性
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです

本来の寿命を受け入れられるか

認知症は老化の段階に名前をつけただけのもの。遅かれ早かれ死ぬのなら、しょうがないと思って、開き直ってしまえばいいのです。むしろ、認知症になるまで生きられたので、喜ぶべきものではないでしょうか。

そうして本人が納得し、家族も「しょうがないこと」と思えたら、家族みんなが開き直って、患者さんも病院ではなく家にいられるようになります。僕のところには、開き直って楽しそうに死んでいった患者さんと、その死を明るく見送ったご家族が大勢います。

人はいつか死ぬということを、本当はみんな知っています。でも、いざ大切な家族が亡くなると、「死んじゃうとは思わなかった」と嘆く。人は、がんが大きくなったり、病気になって死ぬのではなく、誰もが老いて、弱って死にます。そのことを頭だけでなく“心で理解”するのは難しいかもしれません。

寿命を迎えることに開き直れなければ、死はつらいけれど、開き直るほど楽しく死ねる。遺書を書いておくとか、いつ死んでもいいように楽しむとか、親や子などの大切な家族に「これまでありがとう」と伝えるとか、行動に移すことができる。その方がきっと人生の終わりに納得した時間を過ごせるのではないか。僕はそう思います。

(取材・構成=浜野雪江)
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