副総裁と類似する14年前の彬子女王発言

再注目されたのは、2012年1月7日に毎日新聞に掲載された彬子女王のインタビュー記事である。2012年といえば、民主党の野田佳彦政権の下で、「女性宮家」創設の議論が行われていた時期である。

令和の御大礼における彬子女王殿下(2019年)
令和の御大礼における彬子女王殿下(2019年)(写真=首相官邸 from YouTube/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

彬子女王は、女性宮家には違和感があると述べ、むしろ旧宮家の人たちに皇族に復帰してもらうか、養子という形で継承していくといった選択肢を評価していた。

つまり、彬子女王は、今から14年も前に、今回の改正につながるような発言をしていたのである。

皇族が皇室のことについて発言することは珍しい。ただ、彬子女王の父であり、亡くなった寛仁親王は、そうした発言を積極的に行ったことで知られ、男系での皇位継承をゆるがせにしてはならないと発言した。彬子女王は、父親を深く敬愛しており、その意志を受け継ぐような発言を行ったことになる。

しかも、彬子女王の発言は、伯父である麻生副総裁の考えそのままである。そこで、彬子女王の過去の発言が、改めて注目されることになったのだ。

ただし、それだけなら、さして大きな問題ではないかもしれない。彬子女王が、養子案の発案者というわけではないし、その実現を積極的に推し進めてきたわけではないからだ。

ところが、今回の改正によって、彬子女王に支給される「皇族費」は1067万5000円から2135万円に増額される、つまり倍増するわけである。

批判された彬子女王の皇族費急増

皇族費の財源は国民の税金である。したがって、国民は彬子女王の皇族費が倍増されることに強い関心を抱く。実際、SNS上では、これを批判する声が多数上がっている。

しかも、彬子女王をめぐっては複雑な事情があった。彬子女王の母は、麻生副総裁の実の妹である信子妃である。

ところが、寛仁親王の癌やアルコール中毒をめぐる問題で、夫婦間に亀裂が生まれ、それが、母親と娘との関係に大きく影響した。要するに、信子妃と彬子女王の間に強い軋轢あつれきが生まれたのだ。

皇族である以上、ふたりが同じ席に連なることはある。しかし、そうした席で母娘が会話を交わすことはない。目を合わせることさえしないとも報じられている。

三笠宮家は、昭和天皇の末弟である崇仁たかひと親王が創設した宮家である。崇仁親王が亡くなり、百合子妃も亡くなったことで、三笠宮家には当主がいなくなった。本来なら、信子妃が当主になるわけだが、娘との確執があるため、当主は彬子女王になり、信子妃は新たに三笠宮寬仁親王妃家を創設した。

これは従来なかったことで、女性を当主とする宮家が一気に2つ誕生した。その際に、彬子女王に割り当てられる皇族費は、当主ということで、640万5000円から1067万5000円に増額されていた。それは、昨年の9月末のことである。

つまり、彬子女王の皇族費は、2025年9月まで640万5000円だった。それがわずか1年の間に2135万円にも増えたことになる。実に、約3.3倍である。皇室典範の改正案の施行は今年の10月24日なので、現時点では増額されていないが、すぐにでもそれが実現される。