駅の構内にはさまざまな人が働いている。乗客の安全を図り、列車への乗降を見守る駅務員、線路や駅施設を管理する構内作業員、そしてキオスクの販売員……。このほかにも多くの人たちが日々勤務しているが、つねに笑顔でいる人はあまり見かけない。駅務員は乗客の安全が頭にあるから、にこにこしていられないのだろうし、キオスクの販売員は殺到する客への応対で手いっぱいなのだろう。

司会の柏木氏が合図すると全員が立ち上がり、お互いの顔をチェックできるよう向かい合う。

司会の柏木氏が合図すると全員が立ち上がり、お互いの顔をチェックできるよう向かい合う。

ところが、JRの大宮、品川、立川、日暮里各駅にある「エキュート」のキャスト(販売スタッフ)だけは多少事情が違う。彼女たちは客が入ってくると、「いらっしゃいませ」とあいさつし、すかさず笑顔をつくる。何も買わなくたって微笑んでくれる。事情を聞いてみると、仕事が始まる前に必ず「笑顔トレーニング」を実施しているという。

ある木曜日の朝、私はエキュートの運営会社、JR東日本ステーションリテイリング本社を訪ねた。笑顔トレーニングを開発したトレーナーに会うためである。担当の柏木誠氏は毎週の朝礼でも社長以下の本社スタッフに同じトレーニングを行っている。本社にいるスタッフは約40名。朝礼は毎週木曜日の朝9時から始まる。最初の20分間に社長や幹部からの業務連絡があり、その後に10分間の「笑顔トレーニング」がある。

まずは顔の筋肉を動かす運動だ。眉を上げ、口の端を小鼻の上まで上げる。次に、「ラッキー」「キムチ」「ウイスキー」といった言葉を正確に発声して、口と舌を動かす。ここまでは笑顔の下地づくりといったところだろう。そして、最後に「いらっしゃいませ」をさまざまなパターンで発声し、同時に大輪の花のような笑顔をつくる。

「やり始めたのは2006年から。笑い方がうまくなるというよりも、毎週やることが大事です。笑顔を習慣にするのが目的ですから」(柏木氏)

(尾関裕士=撮影)