流行りは「寿陵墓」から「墓じまい」へ

どの家でも墓を建てるようになるのは時期としてはかなり遅い。それについてデータは乏しいのだが、札幌市の場合、1980年以降徐々に増えていき、91年にピークを迎えた。それはちょうど、バブルの時代に当たる。

墓を建てるブームは、バブル時代に訪れた。その時代には、その家に死者がいないのに墓を建てる「寿陵墓じゅりょうぼ」が急増した。地価が高騰したので、マイホームを買えなくなり、それならせめて「終の住み処」を確保しようとしたのである。

地方に墓ブームが訪れるのは、バブル期以降である。その時期になると、火葬も広がり、墓が必要になった。地方の農村部では、同じ規格の真新しい墓石が建ち並ぶ墓地を見かけることが多いが、それも地域の人々がいっせいに墓を建てたからである。

その後、墓のほうは、多くの人が持て余すようになった。墓を維持するには、「墓守はかもり」が必要であり、家の在り方が変わることで、後継者のいない家が増えたからだ。

その家の人間が都会に出てしまえば、実家の墓は邪魔になる。親が亡くなれば、もう故郷に墓守はいない。

かくして「墓じまい」のブームが今や、訪れている。

たまごっちなら、ブームが去っても邪魔にはならないし、しばらくぶりに触れてみると懐かしかったりする。しかし、墓となれば、季節ごとに参る必要があるし、管理費(お掃除料)も支払わなければならない。

墓地
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輝きが失われた無意味な帰省

都会に出てきた人にとって故郷があるのは、親が生きている間のことである。親が亡くなれば、帰って泊まる実家も消滅する。そうなれば、帰省することはほとんどなくなる。ホテルを予約してまで、故郷の同窓会に出る人は少ないはずだ。

実家がなくなり、故郷が失われれば、そこにある墓は面倒で“やっかいもの”になる。それなら処分するしかない。多くの人たちが墓じまいを実行しており、それを考えている人たちは実に多い。

帰省が本人や親たちのプライドを満たすことも、今ではなくなってきた。サラリーマンが大量に増え、社会のエリートではなくなってきたからだ。

年をとってくると、故郷の同窓会では、顔ぶれも変わらず、「病気自慢」するしかなくなる。かくして、帰省からは「輝き」が失われた。帰省に意味を見いだせなくなるのも、当然のことである。

戦後の高度経済成長以降は「故郷の時代」だった。歌謡曲は故郷を歌うことで人気を博した。映画でも、故郷から仕方なく出てくる、あるいはやむを得ず故郷に戻ることをテーマにした作品が多かった。そうした歌謡曲や映画の作り手も、故郷から出てきた人間たちで、「望郷の念」に駆られていたのだ。

今や、故郷を捨てることに戸惑いを覚える人間はいなくなった。人生がうまくいかなくなって戻ってきた人間を、温かく迎えてくれる故郷自体がなくなった。

社会は根本から大きく変わったのである。