死者も生者も同時期に「帰省」
そもそも、人が帰省するためには、それぞれの人間が自分の「故郷」を持っていなければならない。故郷を持つためには、実家から都会に出てきた経験がなければならない。
もちろん、昔からそういう経験をした人たちはいる。しかし、昔は、一度実家を出てしまえば、よほどのことがないかぎり戻ることはなかった。
ところが、1950年代半ばから日本が高度経済成長の時代に突入すると、多くの労働力が地方の農村部から都市部へと出ていく。最初は、小学校や中学校しか出ていない「金の卵」が中心だったが、大学へ進学するために都市部へ出てくる人間も増え、彼らは大企業や官庁に就職した。それによって、「サラリーマン社会」が到来した。
大企業になると、盆や正月の時期にいっせいに休業するので、社員は長期休暇をとれるようになった。その休暇を利用して、故郷に帰省した。盆が本来、先祖を供養する機会であることもそこに関係した。
死者も、その家を離れた生きた人間も、同時期に実家に戻ってくる。そんな習慣が、高度経済成長期以降生まれたのである。
「ブームの産物」、墓参りも然り
帰省がブームになったのは、その時期に急増したサラリーマンにとって、それが「故郷に錦を飾る」絶好の機会になったからである。
当時、サラリーマンはまだ一部にとどまり、大手企業に就職できた人間であれば「エリート」に他ならない。故郷に戻ればそれを自慢できる。実家の親たちも、子どもの出世に鼻高々だった。
そうした思いができるからこそ、帰省は意味を持ったわけで、それについていく嫁となった女性も、「良い旦那を持てた」と満足でき、夫の実家でも居心地が良かった。
帰省した場合、先祖の墓参りをすることも習慣になっていった。ただし、墓もまたブームの産物であり、墓参りも帰省と同じ、あるいはそれ以上に新しい習慣である。
今は99.98%が火葬で、日本は世界一の火葬大国である。しかし、戦後すぐの段階では、まだ半分は土葬だった。とくに、地方ではむしろ土葬のほうが多かった。
土葬の場合、埋葬した場所は参るための墓にはならない。棺桶も遺体も腐ってしまい、土が陥没するので、そこに石塔を建てることができなかったからである。土葬時代、供養のための場は仏壇で、墓参りなどしなかったのだ。

