外資系ホテルの中でも、柔軟な戦略を取り始める所が出てきた。ザ・ペニンシュラ東京は、2009年の7月から毎月1日、先着順で客室一泊2009円(10室限定)という「ザ・ペニンシュラ東京からの贈り物」というプロモーションを始めた。
「ラグジュアリーという概念は、ハイエンドであると同時に、明らかに身近なものになってきています。誰もペニンシュラがお金持ちだけのホテルとは思っていません。すべての人々に何らかのサービスを提供したい。少しの間、フレキシブルにやれるビジョンと柔軟性を持っているかどうかが生き残るホテルとそうでないホテルの違いでしょう」と同ホテルのマルコム・トンプソン総支配人は言う。
このプロモーションを企画した小林マーク・マーケティング・マネージャーは、「今の常連のお客様に永遠に来てもらえるわけではない。若い人にも当ホテルを気軽に親しんでいただく。あるいは『家族』で楽しい経験をしてもらうのです。10年後のお客様を見越しての決断は、オーナー企業だからできるんですね」
カフェやブティックからでもいい、家計を握る専業主婦や働く女性、財布の紐が固い草食系といわれる若者にまず入り口をつくってあげることが大切なのだ。
一方、帝国ホテルの小林哲也社長は、「ホテルには、ハード、ソフト、そしてヒューマンウェアの三本柱があり、これをバランス良く磨き上げていかねばならない。特に重要なのはヒューマンソフト」と語り、過去多くの外国人要人を接遇して、磨き上げられてきたホテルマンの現場サービスに自信をのぞかせる。
こちらは、会員数約7万人のインペリアルクラブを中心とするVIP顧客に支えられているが、若いリピーター客へのアプローチも急務であろう。
日本の観光の未来を考える今回の旅。最後に、熱海にある日本屈指の旅館「蓬莱」に、日本一の女将との呼び声高い古谷青游さんを訪ねた。多くの要人が滞在したこの宿は、2008年末、星野リゾートへの譲渡が決まった。古谷さんは、宿に残って、星野側スタッフと以前からの従業員と共に、宿の再生を目指すことになる。
相模灘の潮風が心地良い、旅館の一室でインタビューしていると、何も言わないのに、次から次へと心のこもったサービスが絶妙なタイミングで提供される。
だが、そうした個人の至芸も、なかなか企業としての収益に結びつかないのが日本の観光業である。その頂点に立つ古谷女将の苦しさは、日本の宿泊産業の苦境に重なる。金融危機という大きな波に飲み込まれ、蓬莱は、星野資本と二人三脚で再生を目指すことになる。
「新しく学ぶべきことは星野さんに一緒に学ばせてもらいながらも、変えるべきでない部分はそのまま残してもらいます」と古谷女将。その先に新たな顧客の姿が見えるまで、日本の伝統的な宿泊産業のとまどいは続くのだろう。
※すべて雑誌掲載当時