その大学病院が特に冷たいわけではない。大阪・関西万博の前年、がん撲滅を謳ったイベントに登壇した大腸がんの名医も、「先生が有望と考える先進医療を教えてほしい。標準治療がないのは知っています」という会場からの質問に「腹膜播種は治療法がありません」と、あっさり回答していた。
希望を持たせるのはよくないとでも思っているかのようだった。
このように日本では、腹膜播種が見つかった時点で「もうできることはありません」と告げられるケースが今も少なくない。
「医師自身が立ち向かおうとしない」
しかし、その常識を覆そうと奮闘する医師がいる。2026年1月、国立国際医療センターに新設された「腹膜センター」の初代センター長・合田良政医師だ。
「腹膜播種は確かに手強い。しかし世界では治療の挑戦が続いているのに、日本では医師自身が立ち向かおうとしない現実があります」(合田医師)
腹膜センターができる前から、合田医師は年間150件ものセカンドオピニオンに応えてきた。「紹介状を書いてもらえないまま、来るのが遅れた」「主治医に“もう治療は無理”と言われた」という患者が後を絶たない現状について「もう少し早く来てくれたら助けられたかもしれない症例も少なからずあります。とても残念です」と語る。
“腹膜播種に立ち向かう医師に辿り着けない”背景には、情報が医療現場にすら届いていないという構造的な問題がある。
歩みを止めなかった医師がいる
腹膜播種の治療として、日本でも一時期注目を集めた治療がある。「完全減量切除(CRS)+術中腹腔内温熱化学療法(HIPEC)」だ。
腹膜播種の手術では、仮に腹膜内のがんを、目に見える限り徹底的に切除できたとしても、目に見えない微小病変は残っているおそれがあるため再発リスクを完全に除去することはできない。
たとえば、胃がんであれば腹膜播種が少量しか認めない場合でも約30~50%、大腸がんであればごくわずかな腹膜播種しか認めない患者で約20~30%、卵巣がんでは約30~70%で再発すると報告されている。
病変を徹底的に切除した後、抗がん剤を混ぜた温かい薬液で腹腔内を“洗う”ように循環させて、目に見えない病変を死滅させるこのHIPECは、大ヒットした医療ドラマでも「失敗しない女性医師」が絶望的な患者を救う手術として描かれ、視聴者に強烈な印象を残した。
実際、海外では腹膜偽粘液腫などで標準治療として定着している国もある。合田医師もかつて保険収載に向けて先進医療として実施し、標準治療よりも高い5年生存率を達成したが、合併症がやや多いことがネックとなり、保険収載は適わなかった。
さらに、大腸がん腹膜播種に対するHIPECについては、「治療効果が証明できなかった」ことから近年は実施できていない。(腹膜偽粘液種に対しては自由診療で受けることができる)

