がん患者が直面する壁

「どうして、私みたいな普通の人間でも、そんな治療法を見つけられる世の中になっていないんでしょう」

腹膜センターを紹介した際、冒頭のハナエさんは苦しそうにつぶやいた。

胃がんや大腸がんで腹膜播種と診断された患者が最初に直面するのは、「どの診療科に相談したらいいか分からない」という壁だ。腹膜疾患はまだ有力な「標準治療」が定まっていないため、外科・腫瘍内科・婦人科・放射線科・病理・緩和ケアなど扱う診療科が分かれており、「誰が診るべきか」が曖昧になりやすい。その結果、診断・治療の遅れや選択肢の見落としが起きやすい領域でもある。

さらに深刻なのは、主治医自身が診断・治療の選択肢があることを知らないケースだ。

ハナエさんの主治医が言った「もうできることはありません」は、「標準治療では」できることがないという意味で、万策尽きたということではない。

「標準」と聞くと、上中下の「中」くらいの治療と思われがちだが、実際は、有効性と安全性が科学的に証明された「最良の治療法」を指す。診療ガイドラインには、これらの合意の内容が詳細にまとめられており、全国のがん治療を行う病院では、このガイドランに沿った標準治療が行われているし、標準治療は保険診療で受けることができる。

紫色のリボンを持つ大人と子供の手
写真=iStock.com/SewcreamStudio
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医師たちをアップデートする使命

ただ、新しい治療法が標準治療と認められるには時間がかかるが、医療は日進月歩なので、「既に治験でいい治療成績が上がっている治療法」や「日本以外の国では普通に行われている治療法」が存在しないとは限らない。標準治療のラインナップも年々更新されているし、同じ標準治療でも医師の技量によって治療成績が変わるものもある。

主治医の「腹膜播種は治せない」という思い込みによって、患者の生きながらえる機会が阻まれるようなことは、なくしていかなくてはならない。

「紹介状を書いてもらえないまま、来るのが遅れた患者さんが後を絶ちません。もっと早く来てくれたら助けられたかもしれない症例も少なからずある」と合田医師は語る。

このため腹膜センターでは、全国の医療機関への情報提供も重要な使命として掲げている。

医師向けセミナーや症例共有会を通じて、かかりつけ医や地域の病院が「腹膜播種の治療選択肢がある」と知ること自体が、患者が諦めずに済む社会につながると考えているからだ。

去る5月27日には、「CRS(腫瘍減量手術)に馴染みのない先生方」を対象に、合田医師が司会/演者となり、腹膜播種の腹膜切除を伴うCRSについてのウェビナーを開催した。

「情報が届かないまま治療の機会を逃す患者さんを減らしたい」