「感情も配慮もない道具」を信じるリスク
私たちは、AIを道具として、賢く、上手に使うことを学ぶ必要がある。AIの回答を鵜呑みにして行動し、マイナスの状況に直面したとしても、失ったものは戻ってこない。AIをどう使い、社会と経済のプラスの価値を、より効率的に創出するかを考えるべきだ。その方策はあるはずだ。
その対策の一つは、自分のしっかりした意見を持つことだ。阿部監督辞任にも当てはまるが、AIの回答を鵜呑みにするのは危険だ。人間には感情がある。“カッとなる”ことは、だれしもある。
一方、AIに感情はない。入力内容に対して、ユーザーの精神状況や思いを配慮せず、機械的に回答を提示する。今回の問題のように、児相に相談するというような制度、技術上可能な方策は提示する。それが常に、より良い選択肢とは限らない。
人間側が知見を磨き続ける必要がある
AIとの会話が長引くと、ハルシネーション(でたらめな回答の提示、幻覚)の発生確率も高まる。これを防ぐ方法は、かなり複雑といわれている。AIが間違いを犯したり、適切ではないアドバイスを行ったりする恐れは高い。それを理解することは、AIを安心、安全に利用する出発点だろう。
その上で重要なことは、自らの知見、センスを磨き、意思決定に責任を持つことだろう。そのためには、世の中で起きていることを理解する必要性は高まる。AIを使うと、最新の理論などを理解しやすくなったが、そこで止まるのは十分ではない。
人と人が相対して会話し、意見を交換する。それによって新しい価値観に出会う。その上で、AIなどを使って会得した考え方が持続可能か、あるいは自他にプラスの効果をもたらすか、検証する。
他の人との議論によって理解は深まり、自分なりの意見、価値観は徐々に形作られることもある。そうした機会を持つことで、AIをより上手に、安全に使うことはできるだろう。未成年や社会に出て間もない人こそ、今回の問題を教訓に、自分の頭で考え、他者の共感を得ることを大切にしてほしい。

