日本で暮らしてそろそろ30年になる。が、近年、むしろ日本のことがわからないと言いたくなることがある。
2013年11月10日付朝日新聞には「日本はいまや、主要国では米国に次いで相対的貧困率が高い『貧困大国』だ」という論説が載っていた。しかし、今回取り上げる本は、まったく逆の視点から、「日本は世界1位の政府資産大国」で、国民1人あたり500万円の巨大な政府資産があり、すぐ売れる金融資産だけで300兆円もある、と主張。安倍政権が熱心に取り組んでいる消費税増税は不要という持論を展開している。
著者は元財務官僚。財務省で「日本国のバランスシートを初めて作成した」経歴をもち、理財局資金企画室長も務めていた。こうした経歴を考えると、その主張に耳を傾ける必要があると思える。世の中のことは確かに複雑だ。観光やビジネスで日本を訪れた中国人からよく次のように質問される。
「バブルが崩壊して20年以上経ち、景気も低迷しているのに、日本社会は非常に安定していて、通貨も円高の傾向にある。なぜだろうか」
確かに日本の負債比率を見ると、絶望的なものがある。借金は1000兆円以上あり、国民1人あたりに換算すると800万円になり、GDP比200%超というのは世界一の水準だ。少し前、ギリシャが債務問題で危機的状態に陥っていたが、債務残高のGDP比においてはギリシャよりはるかに深刻な状況にある日本。しかし社会も金融も比較的落ち着いている。
本書はそういった問題を比較的わかりやすく取り上げ、納得できる回答を用意してくれている。中国の台頭と自国の衰退で多くの日本人は自信を奪われてしまったきらいがある。直面している問題に対してもその原因を外部や外国に求めたがる。
その1つの例は、十数年も続いてきた日本のデフレだ。一時、日本はデフレという言葉を使うとき、かならず「中国発」という枕詞を入れていた。事実からあまりにも遊離していたので、さすがにこの陰湿な表現は次第に使われなくなってきた。本書はこのデフレ問題に対してもずばりと一刀両断にしている。著者は十数年も続いてきたデフレ問題を日銀が原因で深刻化した「日本経済の癌」と決めつけ、金融緩和政策の実施を呼びかけている。
本書には気になるところもある。著者の経歴を見ると、2007年、財務省が隠す国民の富「埋蔵金」を発表し、一躍、脚光を浴びた。だが、翌年の08年に彼は退官した。そのタイミングがあまりにもよすぎたので、「埋蔵金」問題への掘り下げで財務省の逆鱗に触れ、追い出されてしまったのでは、などとつい邪推してしまった。
世の中の問題はいろいろな側面をもつ。複眼的に見ないと、その本質を理解することができない。今度、同書とは反対の論陣を張る本を読んでみたい。