動線はバスケのプレスディフェンス型で
厨房の設計についても様々な工夫を凝らした。こだわったのは、お客様から見て「見えてはいけないものが見えないように」という視線のコントロールだ。店内の雰囲気を壊す要素は隠すことを徹底した。
吉野家は、オープンキッチンと言えば聞こえはいいかもしれないが、顧客視点で決して見栄えのするキッチンとは言えない。どちらかというと、従業員側の都合で、客席に目線を配って素早くご対応するためという理由のほうが大きかった。
オペレーション動線も一から見直した。牛丼専門店時代の吉野家の厨房のつくりは「左回りの原則」と言われていた。ご飯を盛り付けるジャーの左に肉鍋があり、牛丼の具を盛り付けて提供用パントリーにセット。そのままの動きで左に回ると食器返却用のパントリーがあり、さらに左に回ると浸漬層と食器洗浄機があるという具合。つまり、ランチタイムなど繁忙時間は、キッチン担当者はほぼ同じ場所でグルッと左に回れば、ご飯盛り付け、煮肉の盛り付け、提供、食器の洗浄が一連の動作でできたのだ。
だが、新しいフォーマットでは、「横移動」をルールに育てようと考えた。キャッシャーのすぐ横にキッチンを配置。キャッシャーとキッチン間をスムーズに移動できるようにして、混雑側へすぐヘルプに入れるレイアウトとした。ボールを持つ相手に常に複数の人間が対応する、バスケットボールのプレスディフェンスのような考え方だ。そして、決して従業員は交差しない、アメリカンクラッカーのような直線往復の動きを理想とした。
「黒吉野家」1号店は売上不振だった恵比寿店
さぁ、コンセプトはほぼ固まった。次は改装1号店をどこにするかだ。選んだのは恵比寿駅前店。このお店は駅前の好立地だが、その高額な家賃の影響もあって当時は赤字が続いており、閉鎖検討対象になっていた店だった。
この店舗は売上が低迷し、奥の客席を開けてしまうと従業員数を配置しなければならないため間仕切って使わないようにしていた。本来50坪近くある店舗面積のうち30坪ほどしか使っていなかったのだ。まさに「ごゆっくり」召し上がっていただくための空間を作るには最適なサイズだったし、恵比寿という立地も、新しい試みを顧客に受け入れていただきやすいのでは、と思えた。
いよいよ着工が近づいてきたとき、未創研の部長をしていた植田浩正氏が僕に聞いてきた。
「社長、恵比寿の新フォーマット店舗の看板はどうしましょうか? 通常店舗と同じというわけにはいかないと思うのですが……」
「ちなみに、恵比寿店が入っているビルの外壁はどんな色なの?」
「黒っぽい大理石のような色ですね」
「じゃあ、黒にしましょう」
「わかりました!」
これが、後にメディアなどで「黒い吉野家」と言われたりもするようになった黒い看板の吉野家誕生の瞬間だ。
正直に言うと、特に深く考えてのことではなかった。街にフィットすることを優先した結果、たまたま改装1号店となるビルの外壁が黒っぽい色だったというだけのことだった。それまでの(いや、今でも)チェーンレストランはとにかく目立ちが命。郊外型の店舗などでは、看板の視認性によって売上も左右されるし、出店時の売上予測のパラメーターにも「視認性評価」が入っている。
しかし、この店舗はアトモスフィア重視の店舗なのだから、街の雰囲気に溶け込むような店舗にすべきと考えた。幸い、吉野家の知名度はわが国においては大きい。ちゃんと看板に「吉野家」と書いてありさえすれば、駅前という立地もあり、それほど目立たせる必要はないとも考えて、ビルの外装にマッチするような店舗外観にしたのだった。


