首据石とはもしや……
馬洗池の脇を抜けると、道は二又に分岐している。そしてその傍に気になるものが……。
「首据石」? もしや浅井長政の? と思ったが違った。長政の祖父・亮政の時代に、内通した家臣を誅殺しその首を晒した石だった。長政が切腹したのは、分岐から脇へ進み、しばらく行った先の赤尾屋敷だ。
赤尾屋敷の背後には、見上げるような切岸。この上が「本丸」や「大広間」だ。
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