※本稿は、松永正訓『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
家に帰るまでトイレはがまんしていた
小学校卒業を控えたある日曜日、妻が私の書斎にやってきた。
「ちょっと相談があるんだけど、いいかな」
見ると、妻の後ろに光(仮名)が隠れるように立っている。
「何? どうした?」
私は尋ねた。答えられない光に妻が助け舟を出す。
「光……中学校に学ランで行きたいんだよね」
「なんで、また?」
さすがに驚いた。そして、光が小さな声で言う。
「スカート、穿けないの」
私は、光がスカート嫌いなのは知っていたので、相槌を打った。
「うん、光はスカート、嫌いだよね。でも制服だからしかたないよね」
妻はワンテンポ置いてから、ゆっくりと言った。
「そうじゃないの。光は性同一性障害なの。あなた、気づかなかった?」
「え……まあ、男の子っぽいとは思っていたけど、そうなの?」
「光は、学校でも男子の列と女子の列の中間に並んでいるのよ。トイレには行かない。朝、学校に行って、家に帰ってくるまでトイレはがまんしてるの」
「そうなのか? 知らなかった」
私はショックを受けた……というより、どうすればいいのかと必死に考えた。性同一性障害って治療の対象だっけ? トランスジェンダーという言葉もあるけど、どう違うんだっけ?
「男の子として学校に行きたい」
私は妻に、いつからそのことに気づいていたのと尋ねた。
「まあ、4、5年生頃からは分かってたよ。光、スカートは絶対ムリだから、学校にお願いしてみようと思う」
「大丈夫かな?」
私にはちょっと疑問だった。
「大丈夫だと思う。だって、受験前に私、電話したもん」
「そうなの!?」
「最初の2校に電話したら、学年主任の先生が電話に出て、身体が女子、心が男子、そういう生徒は受け入れていませんと言われたの。それで私ちょっとめげて、その日は3校目に電話しなかった。翌日気を取り直して最後の学校に電話したら副校長が出て、どんな子でも受け入れますって。それが光の受かった学校」
「そうなんだ」
光はもともと、3校を見学に行ったとき、まさに合格した学校を一番気に入っていた。校門から校舎に続く銀杏並木がきれいで魅力を感じたらしい。光が行きたい学校だけに光は合格し、その学校だけがどんな子でも受け入れると言っている。これは何かそういう流れを運命が用意したのかもしれない。
私は、光に尋ねた。
「光。スカートはムリ?」
こくりとうなずく。
「詰襟の学ランがいい?」
また、こくり。
「ジャージで学校に通うというのは?」
光は首を振って、小声で言う。
「男の子として学校に行きたい」
「……分かった。いろいろ調べるからちょっと時間をくれる?」

