日本政府が賭ける「1兆円事業」
ラピダスは2022年に政府主導で設立され、IBMと共同で2ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)半導体の開発を進めている。国際貿易局(ITA)によると、政府はこれまでに61億ドル超(約9690億円)を投じてきた。nmは元々回路線幅を示していた指標だ。現在では線幅そのものを表すわけではないが、いずれにせよ数字が小さいほど一般に、より高性能な新しい世代の製造技術を表す。日本国内で日系メーカーが現在製造できる最先端の世代(プロセスノード)は40nmだが、そこから一気に2nmへの飛躍を目指す。
量産開始の目標は2027年度。100人以上のエンジニアがIBMのニューヨーク研究開発センターに渡り、技術の習得と移転に挑んでいる。
技術を持ち帰る現場は、どのようなものだったか。ラピダスの専務執行役員でエンジニアリングセンター副センター長の藤野重弘氏が、同社の公式インタビューで振り返る。使命は2つあったという。
1つ目に、IBMが開発したGAA(ゲート・オール・アラウンド)構造のトランジスタ技術を習得し、ラピダス向けの対応製造プロセスを確立すること。そして2つ目に、その製造プロセスを北海道千歳市に開設した半導体開発製造拠点「IIM-1」に移植すること。組織の壁を壊すため、プロジェクト名は映画にちなみ「タイタンズ」と命名された。ラピダスとIBMで役割を分けず、日本企業で一般的な島型デスク配置を採り入れ、一つのチームとして開発に臨んだという。
人口4万人の町に訪れた「黒船」
派遣エンジニアたちは急速に成長し、藤野氏を驚かせた。あるエンジニアは、IBMメンバーが1週間不在の間に試作ラインの運用責任を一身に担い、限られた時間で成果を出したという。リソグラフィ(回路転写)を統括するマネージャーは千歳に戻ると「チームは仕上がっている。4月1日に予定通りやる」と宣言。日本初となるEUVリソグラフィ露光を、宣言通りに実現してみせた。
国産チップの開発と並行して、日本は海外大手の誘致にも動いている。半導体受託製造で世界最大手のTSMCは2024年、熊本県菊陽町に日本初の工場を開設した。バンク・オブ・アメリカは、同社がさらなる工場建設を計画していると伝え、地政学リスクの低さとインフラの安定性から大手半導体各社の間で日本への関心が高まっていると分析する。だが、巨大投資は地方の暮らしに思わぬ波紋を広げていた。
菊陽町の人々は、この激変を端的に「TSMCショック」と表現する。
英経済紙のフィナンシャル・タイムズが報じたところでは、トウモロコシ畑に囲まれた人口約4万4000人のこの町は、TSMCの進出で一変した。吉本町長は同紙の取材に「TSMCの到来は青天の霹靂だった。菊陽は一夜にして、赤ん坊から大人になったようなものだ」と語った。
同紙は国土交通省のデータを引用し、TSMC進出決定後、菊陽町の商業地価は1年で26%跳ね上がったと報じる。工場に向かう唯一の幹線道路はソニーの半導体工場にも近く、ピーク時には車とトラックであふれ、町は各企業に時差通勤を呼びかけざるをえなくなった。

