ゴールは「自分」ではなく「全員」のもの
春になり、園ではこいのぼりの行事を行うことになった。白いシーツを魚の形に切って、絵具を使って色とりどりの模様を描いてこいのぼりを作り、それらを園庭に飾るのが例年の習わしだ。
担任の大平智花(通称「ともちゃん」)は、子どもたちにこいのぼり作りを呼びかける際、自分の作品を作ることだけに目標を置かない。あえて次のように表現するのだ。
「“みんなで作った全員分のこいのぼり”を園庭に飾ろうね!」
子どもたちに自分のこいのぼりだけでなく、全員のこいのぼりがはためいて、空を埋め尽くす光景をイメージさせ、そこをゴールにするのである。
ほとんどの子たちは張り切ってこいのぼりを作ろうとするが、自閉スペクトラム症の男の子はすぐには絵具を手にすることができない。そこで大平は2~3人ずつ別の日に作業をやらせ、自閉スペクトラム症の男の子には他の子が作業している様子をおんぶして見せることにした。
周りの子たちも事情を察し、自分が色を塗っているところを彼に見せて解説したり、こうすれば汚れないよとやってみせたり、「ためしに塗ってみる?」と促したりする。男の子は徐々に関心を持ち、自分からこう言いだした。
「僕もこいのぼり作りたい!」
「これでいいんだ」と自信を抱ける環境
それでも、いざ絵具と筆を前にすると、男の子はなかなか手に取れない。すると、周りの子たちが近寄ってきて「絵具を出すのを手伝ってあげようか」と言ったり、「筆のここを持つといいよ」と助言したりする。
大平も彼に下書きのイメージがないのに気づくと、「何でもいいから、好きな色を塗ってみようか」と、色塗りからはじめさせる。
男の子は周りに支えられながら筆を手に取り、好きな絵具を選んでシーツに色をつけていく。周りの子たちが「すごい!」「やればできんじゃん!」と称える。男の子はだんだんと気を良くして別の絵具にまで手を伸ばし、色を塗りはじめる。
このように、全員のこいのぼりが空にはためくことを目標にし、1人も欠けないようにと、助言をしたり、手を貸したり、褒めることで後押ししたりする。これによって男の子も「これなら自分でもできる」「これでいいんだ」と少しずつ作業を進められるようになる。
男の子が完成させた1メートル以上のこいのぼりを私も見たが、お世辞抜きに、他の子たちが作ったものに対して遜色ないどころか、思わず見返してしまうほど色彩豊かで力のある作品だった。

