間違った比較が自信を失わせる
けれど、もしこのように「正しい比べ方」をしなければ、どうなるでしょう?
「他者より優れているか」ばかり気にして肝心な「自分の目的地」を見失ってしまうか、あるいはただただ自分が劣っているように見えて、意味のない劣等感を覚えることになってしまいます。
漠然と他者と自分を比べて、
「みんなよりも仕事が遅い自分に焦る」
「なんで自分はこうなんだろう……」
などと心にダメージを与えてしまっては、それこそ「持っている特徴」も「強み」として活かせなくなり、目的地にたどり着く前に心が折れてしまうだけです。
目指す「目的地」がそもそも人によって違うのですから、そこに向かうためのアイテム(=強み)だって、みんな違って当たり前。「自分の目指す目的地」に「他者との比較」というプロセスが絶対に必要かどうか? 心がすり減りそうな感覚を覚えたら、ぜひ一度立ち止まって考えてみてください。
間違い②「あの人と同じ目的なら、同じ強みを持とう」と考える
では、ちょっと応用問題です。
仮に同じ「目的地」を目指す人がいた場合には、「その人と自分との比較」は必須でしょうか?
たとえば、もしも、同僚が自分と同じ「家計のために年収800万円」という目標を掲げていた場合、はたして両者を比べるべきなのか? ですね。
この問題、わたしの答えはNOです。
「目的地」へのルートは、実はいくつも存在する
人はそれぞれ「持って生まれたもの」や「ここまでの道のりで得たもの」が違うのだから、「目的地を目指すルートやペース」も違って当然だからです。
たとえば、「家族のためにお金を稼ぐ」という同じ目的に見えても、そもそも家族の人数やライフスタイルによって、必要資金やお金が必要なタイミングは違います。
さらに、同僚が「社内の出世競争に勝って昇給だ!」と頑張り始めたとしても、あなたがその競争に乗っかる必要があるとも限りません。
なぜなら同じ「家計のために年収800万円」を目指すにしても、「昇給」というルートだけでなく、「転職」「副業」「夫婦共働き」「資産運用」など、他にもさまざまなルートがあるからです。
もちろん、自分に「管理職に求められるスキル」や「上司からの高評価」などの特徴がすでにそろっているなら、それを活かせる「出世ルート」を選ぶのはごく自然なこと。そのルートを選ぶなら「競争」が発生し、「同じルートを進んでいるライバルとの比較」をする(される)ことも当然あるでしょう。
しかし、繰り返しますが、重要なのはそのルート“だけ”ではない、という点です。「自分の持っている特徴が何か」によって、別のルートを選択するのもありなのです。
東京から大阪へ旅をするとき、予算があれば、新幹線や飛行機に乗れます。
でも、車の運転が好きな人なら、あえて愛車での旅を選ぶかもしれません。
「時間だけはたっぷりある!」と、鈍行列車や夜行バスで向かう人もいます。
自分一人ではなく、家族や友人を誘って車を出してもらう人もいるでしょう。
中には「学生時代のヒッチハイク経験から、乗せてもらいやすいコツはバッチリ」と、あえてヒッチハイクで挑む人だっているかもしれませんよね。

