一雄が止めた“連鎖”

ローザの故郷の信仰世界には「ケノーシス」という概念がある。自己空化。自分を空にして、他者のために捧げることだ。彼の地で広く信仰される正教のトロパリ(讃詞)は「天に在る者楽めよ、地に在る者悦べよ、主は其臂の力を顕はして死を以て死を亡し」と唱える。死によって死を滅ぼした。自らを最も低い場所まで降ろすことで、すべてをひっくり返す。そういう逆説である。

傷は世代を超えて伝わる。ローザが八雲に刻んだ傷は、八雲のセツへの異常な依存と献身に変わり、セツの支配欲となって一雄たちにのしかかった。巌は祖父チャールズと同じ衝動に飲まれ、清は父と同じ放浪の果てに妻を追って逝った。

しかし一雄は、その連鎖を止めた。

恨まなかった。逃げなかった。実印を握られ、保証人にされ、嫁まで選ばれ、借財まで押しつけられて……それでも母を嫌いになれなかった。すべてを諦観しながら、家族の物語を丁寧に書き残した。八雲の「金々々!」という叫びも、一雄の諦観も、形は違えど、自分を空にして家族のために捧げるという意味では同じ祈りだったのかもしれない。

ラフカディオ・ハーンと妻の節子
ラフカディオ・ハーンと妻の節子(写真=Rihei Tomishige/PD US/Wikimedia Commons

朝ドラに流れていた“八雲の渇望”

「ばけばけ」が描いたのは運命のロマンスだった。しかしその運命の根っこには、母と引き離された少年の、生涯癒えることのない渇望があった。八雲がセツを選び、全財産を譲ったのは、その渇望を昇華させた行為だったのだろう。そして一雄がセツを嫌いになれなかったのも、父が捧げたものを次の世代が静かに引き受けたということだ。

「割れ鍋に綴じ蓋」などと笑って済ませられない話が、この夫婦の底には流れている。

最終回、トキの手に止まった蚊はヘブンの生まれ変わりだった。しかしラストシーンは、第1話の蝋燭を前に語るトキとヘブンへと戻り、二人は散歩に出る。輪廻と復活……神々の国に生まれた母と妻の間に生きた八雲物語は、どちらとも決めずに終わった。それでいい。

折しも、まもなく4月12日は復活祭である。「ばけばけ」を見ていたあなたも、この春、八雲とセツと一雄たちのことを、少し記憶してみてほしい。

(初公開日:2026年3月31日)

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