夫と義両親への決意表明
逡巡の末に深謝さんは、ブラック労働で深夜2時頃に帰宅した55歳の夫に、「大事な話がある」と切り出した。
「仕事を辞めて漫画家になりたい。専門学校に行きたいから、もう(夫と折半している)住宅ローンは払えません。どうしてもダメだったら、離婚してください」
すると夫は言った。
「今まで頑張って払ってくれてありがとう。そんなに追い詰められていたなんて気付かなくてごめんね」
夫との離婚は回避。住宅ローンは以前と同じように夫と半分ずつ、自分の分は退職金から払い続けることにした。
そして義両親に、早期退職して漫画家を目指すことを報告。すると86歳の義母は言った。
「あら、素敵なお仕事じゃないの。結婚60周年にあなたが描いてくれた絵、とっても嬉しかったわ」
最近の義母は認知症の症状のため、記憶できても15分だったが、その日はしっかりしていた。88歳の義父も、
「私もいいと思うよ。息子が失業(公務員として勤務したケースワーカー)してから苦労かけたね」
と言って労ってくれた。
深謝さんは、専門学校のAO入試を受け、合格。
2021年3月、50歳で28年間勤めた職場を離れると、4月からは学費を21万円ほど免除される特待生として、専門学校に通い始めた。
「3年限定デスマッチ」戦いの最中に
深謝さんは早期退職で出た退職金から、住宅ローンや遠距離介護の交通費、専門学校の学費などの出費を引き、いつまで漫画だけに集中できるかを計算。すると、約3年と出る。
専門学校に2年とその後1年の3年。53歳までに結果を出すと照準を定めた。
専門学校で深謝さんは、月曜から金曜まで、クロッキー、デッサン、デジタルパース、漫画構成などを朝9時から17時までみっちり学んだ。
そんな最中、「今度は母ちゃんが倒れた!」と、母親と同居中の4歳下の妹から連絡がある。80歳の母親にとって2回目の大動脈解離の発作だった。
すぐに大阪まで駆けつけた深謝さんだったが、コロナの感染拡大でどこも満床。受け入れ先が見つからず、緊急手術ができない。
20時間以上たっても受け入れ先が見つからず、妹と2人、一時は最悪の事態も覚悟した。一夜明けてようやく受け入れ先が見つかると、あとは妹に任せて帰宅。
幸い、裂けた血管が致命的な箇所ではなかったため、母親は6時間に及ぶ手術を受け、生還した。
そんな中、2021年10月に深謝さんはテレビドラマの劇中マンガ・ポスターの作画担当としてメディアデビューすることに成功する。2022年にはkindleのお片付け本の挿絵を担当した。
しかし、その後は鳴かず飛ばず。出版社や出張編集部への持ち込み、WEB投稿など、累計40回以上、原稿を編集者に見てもらったが、一向に採用されない。
専門学校2年生になっても担当がつかず、同輩や後輩がデビューする中、ついに2023年3月、何の目処もないまま卒業を迎える。
失意の深謝さんを、今度は91歳の義父に難病であるパーキンソン病の診断が下り、追い打ちをかける。
「義父が動けなくなれば、今後、義両親の『主たる介護者』は私になると思いました。『人生詰んだ。商業漫画家は諦めるしかないのか……』と追い詰められました」

