漂流者も宣教師も食い殺された
クックのあとに、さまざまな捕鯨者と白檀(ビャクダン)[熱帯性常緑樹]の貿易商を自称する男たちが続いた。彼らにとって先住民と取引をするのは簡単なことではなかった。
1847年に「ブリティッシュ・ソブリン」が沈没すると、乗組員は必死になって岸まで泳いだが、あえなく食い殺されてしまった。異文化交流は散々な出だしだったといえる。
だが、貿易商と新たに到着した宣教師はこの地にこだわりつづけた。彼らはプランテーションを始めるために、土地と自分たちの財産を交換しようとしたが、そもそもニ・バヌアツに土地の所有権という概念は存在しなかった。折悪しく、さらに宣教師が到着したが、またしても彼らは食われてしまった。
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