「魂を売っていい」と思うほどおいしいもの

私なら、ヨットに乗せてもらっても、私はゴルフをしないけれど、ゴルフをやらせてもらっても、料亭で食事をごちそうになっても、「ごちそうさま」で終わりです。全然義理堅くない。ごちそうはごちそうになって、忘れちゃう。

私だって人にごちそうしたって……、もっともあんまりいいごちそうしないからかしら、イワシの煮たのとか、そんなのしか出していないせいか、私の友だちなんて、恩に着る人は1人もいないでしょう。だから料亭でごちそうになったって、私、なんとも思いません。むろん、そんなことあんまりないですけども。

正直言うと、料亭よりもそうでない方がおいしい。ご自分でトウモロコシをつくっていらっしゃる方のトウモロコシを採って、実をザザザッとそぎ落としてそれを揚げたかき揚げとか、こういうのは、魂を売ってもいいと思うほどおいしい。そういう魂を売ってもいいと思うほどのおいしいものって、たいていお金がかかってないんです。不思議なものです。

とうもろこしと枝豆のかき揚げ
写真=iStock.com/karinsasaki
※写真はイメージです

ごちそうしてもらったときの心構え

私には1番縁のない話だけど、なんでお役人がそんなことで便宜を図るんだろうとか、そしてまた図ろうとするんだろうとか、思ってしまいます。多分、それぐらいのことですぐ魂を売るんだと思う。そういうふうにこの頃、解釈してます。ごちそうになっておいて、それで「はい、はい」と言って神に感謝すればいいことです。

曽野綾子『自分らしく生きるということ』(河出書房新社)
曽野綾子『自分らしく生きるということ』(河出書房新社)

ローマ教皇の口ぐせだけれど「神に感謝」という言葉があります。ある人が「教皇様、この人たちは障がい者の方の施設のために働いていらっしゃいました」と説明するでしょう。そうすると教皇は「ありがとう」と言わないで「神に感謝」って言うんです。方向が違うんじゃないのって。でも、すばらしい言葉でしょう。

私がこの方のために働かせていただけるのは、ほんとうにありがたい。健康がなきゃだめだし、今日何か稼いでこなきゃいけないんだったら、障がい者の方のためにお働きになるどころじゃないでしょう。それも感謝だし、人間としてふくよかであり得たことの感謝でしょう。だからみんなそれは神に感謝であって、相手に感謝じゃないんです。

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