小説家はほうっておいていい

私のところに編集者の方がおいしいものを持ってきてくださる。私は心からおいしいと思って感謝するけれども、その編集者がおいしいものを持ってきたからといって、原稿を早く書こうとは思わない。それはそれ。食べて忘れちゃって「やっぱりだめ、間に合いません」。その時、喜んでいるだけです。

ただ、私が彫刻家だとするでしょう。そうすると、いい大理石の塊をやるなんて人に会ったら、ちょっとおべっか使っちゃうかもしれない。でも、それで作品がいいかどうか、わかりません。

小説家と詩人はいいんです、ほうっておいて。貧乏してもいいし、だれか女の人にかわいがってもらって、ロールスロイスを買ってもらってもいいのです。無関係なんです。病気も失恋も、女房、子どもが死に絶えることも、あるいは文学のためなんです。そんなことは個人としては望めないことですけれども。作家にとって、起こることはすべて材料です。喜びも悲しみも、文学の一部になる。そう思えば、心はどんな時でも自由でいられるのです。