両うでが動かなくなってから8カ月が経過していた
するとある日、病室にもどって汗まみれのギプスを外したら、左側だけ瞬間的にぴくんと動いたのです。
(神経が死んでいると言われたのに! 動いた!)
石井先生のほおに温かいなみだがすべり落ちました。やがて病室の床にふし、石井先生は大声をあげて泣きました。看護師さんたちもやってきて、手をたたいて喜びます。
「動いたのですね! 私たちじつは『もう石井先生は治らないかもしれない』と話していたんです。うれしい。本当に良かったです」
看護師さんの目にもなみだがうかんでいます。
その後、石井先生はヨガによるリハビリに積極的に取り組むようになりました。すると左手だけでなく右手もどんどんうでが動くようになり、落ちこんでいた気分も前向きになっていきました。そしてついに病院に復帰し、医師の仕事を再開したのです。耳鼻科医として最も難しい内耳の手術も行いましたが、うではこれまでのように動き、手術は大成功でした。
(もう大丈夫だ)
両うでが動かなくなってから8カ月が経過していました。医師の仕事を休んでいる間、大変でしたし失ったものもたくさんありますが、得たものも大きいと石井先生は思いました。ヨガに出会って体をきたえ、自律神経を整えることを学んだからです。
医学的効果があるにちがいない
「マサさん、宿題は持ってきましたか」
全国のさまざまな地域でヨガ教室を開催するスタジオ・ヨギー。そこで講師を務めているキミ先生が石井先生に話しかけました。キミ先生は「マサさん」と自分が呼ぶ目の前の男性が「医師」であることは知りません。
石井先生はうなずくと、キミ先生にノートを差し出しました。
(あれだけ動かなかった両うでがヨガの講座を何日か受けたら回復した。ヨガにはきっと医学的効果があるにちがいない)
そう考えた石井先生はスタジオ・ヨギーの基礎コースをいくつか受講したのち、「インストラクターコース」に申しこんだのです。ここでは1年近くをかけて200時間程度の授業を受けることになります。
キミ先生は、石井先生が宿題で提出したノートをめくりながら、ある部分に目がとまりました。日記のように日々のできごとを記す宿題で、石井先生のノートにはかわいらしい雑草の写真がはってあり、そばに〈こういった草を見ると心がなごみます〉と記されていたのです。
(丁寧にまじめに宿題にとりくむ人だな。でも雑草の美しさが心にひびくのは繊細な感性の持ち主かもしれないな)
キミ先生はそう思いました。そもそも2006年のこのころ、ヨガ教室に中年の男性が通うことはとてもめずらしかったのです。石井先生は教室の中でだまっていても目立つ存在でした。

