NASDA(現JAXA)で宇宙酔いの研究を
少し話をさかのぼりましょう。
石井先生はアメリカからの帰国後、しばらくして東京慈恵会医科大学から東京厚生年金病院、現在のJCHO東京新宿メディカルセンターの耳鼻咽喉科へ異動になりました。
その時、当時の東京慈恵会医科大学の阿部正和学長に呼び出されたのです。そして阿部学長から色紙をわたされました。
そこには【医はサイエンスによって支えられたアートである】と書かれていました。
阿部学長はこう言いました。
「一般病院に行っても、研究の姿勢を忘れるな」
はっ、と気付きました。「研究」が病気と患者さんをつなぐ架け橋になる。石井先生はそれを肝に銘じてがんばろうと思ったのです。
病院で診察をしながら、NASDA(現・宇宙航空研究開発機構JAXA)で宇宙酔いを中心とした研究を続けました。
大先生に呼び出された日
東京慈恵会医科大学から東京厚生年金病院に異動する時に、耳鼻咽喉科の学会で研究した成果を次々に発表していましたが、ある時、耳鼻咽喉科の大先生に呼び出されました。
石井先生がそこに向かうと、大先生が険しい顔つきで立っていてこう言いました。
「もうこういう宇宙にからんだ発表ばかりを耳鼻咽喉科学会でするんじゃない!」
石井先生は大先生の剣幕におどろきながらも、ひるまずに「どうしてですか」とたずねました。大先生は「宇宙酔い、乗り物酔いなんて、航空や宇宙とか交通の学会で発表しろ。耳鼻咽喉科と関係がないじゃないか!」とどなります。
(大いに関係がある!)
そうさけびたかったのですが、石井先生は口にしませんでした。NASDAからたくさんの研究費をもらい、それを“やっかむ”医師たちがいることを知っていたからです。
「それではどんな研究をすればいいのですか」
石井先生がなおも聞くと、大先生はムッとした顔で言いました。
「決まっているだろ、メニエール病だ」

