学生の受けは悪かった漱石の講義

夏目漱石
写真=Wikimedia Commons
夏目漱石(写真=小川一真/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

学生たちは新任で無名の夏目講師を冷ややかな敵意をもって迎えた。(中にはもう教室へ出て来ない川田順のような学生もいた。)小山内薫らの上級生たちは小泉先生の留任を策して不穏なストライキをやりかけた学生だった。それに英文科の学生たちには学問対象が西洋の文学である以上、やはり日本人でなく直接外人教授について学びたい、という気持もあった。(いまでも日本人のカトリック信徒たちが西洋人の神父は信用しても、日本人の神父はうとんずるようなものである。)

そしてその学生の不安な予感の正しさを証するように、漱石の講義は無味乾燥で、奇妙に科学的で、学生の受けはたいへん悪かった。当時の学生の一人だった金子健二は『人間漱石』におさめられたその日記にこう書いている。

五月五日(火)午前中は夏目講師の『サイラス・マーナー』の時間に出席し、指名された友人がうんと油をしぼられたのを見て気の毒に感じた。大学に入つてから皆気位が高くなつたが、読書力があやしいものだと感じた。それにしても先生から衆人の前で小僧扱ひにされるのには誰でも憤りを感ぜざるを得ない。午後一時から再び登校して四時迄「文学概説」の講義を聴いた。余り理論づくめなので、ヘルン先生時代のものと比較して文学そのものに対する興味をそがれるやうな感じがした。

ハーンによる講義の評価

それでは前任者ハーンの講義ぶりはどのようであったかといえば、ハーン留任の学生運動の委員長を勤めた安藤勝一郎は、その当時の思い出を京都女子大学『東山論叢』第一号(昭和二十四年)に次のように書いている(8)。

講義は静かに緩かな速度で始められる。……先生は常に平明な表現、同時に流暢な調子で学生が充分書き取りうる程度のテムポで講演の口授を進められる。絶対に必要なき限り異常な難解な語句表現は避けられた。然るにその講義のノートを後に読み返して見ると、盤上に珠を転ばすやうな名文となつてゐるのに感歎する。否、先生の講義の書き取りに夢中になつてゐる間にも、先生の名文の名調子は我々の耳朶を打つてその快い楽音に我々を陶酔させるのであつた。……講義が蔗境(しゃきやう)に入れば、先生の声は熱を帯び調子も自然に高められテムポが速まつて来る。筆記のペンの音のみが、先生の緩やかな跫音に和して聞ゆる瞬間である。……

学生たちのハーン先生に対する景望崇敬の念のほどが感じられる。厨川白村も『小泉先生』で「みな能(よ)く聴者の胸底に詩の霊興を伝ふるに足るものがあつた」と在りし日の師を偲んだ。

就任早々の漱石が一大学生を皆の前で小僧扱いにして油をしぼったのも、自分が学生たちからなにかと前任者ハーンに比較されるのを意識して、負けまい、と気を張ったからにちがいない。