「十分な皇族数」とは何名なのか

ところで、この議論をめぐっては、いまだに不明瞭なことがある。政府の有識者会議は「十分な数の皇族方」を確保する必要性を訴えているけれども、それが具体的にどのくらいの人数なのかが示されていないという点だ。

「何人、どう皇族に復帰するかということは、これは最後の技術論がありますから、運用面に任せられるべきだと思います。(中略)今、われわれは踏み込んで、何宮というようなことを決めるかという時期ではないと思います」――自民党・衛藤晟一氏(令和7年3月10日の全体会議にて)

どの程度の皇族数が望ましいかを、政治家たちは示していない。それでは、識者はどう考えるのだろうか。

一例として、小泉純一郎内閣の「皇室典範に関する有識者会議」で座長代理を務めた故・園部逸夫氏は、「皇室の一体性や皇室経済との関係を考えれば、一つの望ましい数として四系統前後」と述べている(『皇室法入門』167頁)。

これは要するに、現在の宮家さえ養子縁組で存続させられるのであれば、それ以上の皇籍復帰者はとりあえず不要という見解だといってもよい。管見の限りでは、このような声が趨勢を占めているように見受けられる。

輿論からすると、仮に皇籍復帰が実現するとしても、皇族数がそれほど大きく増えることはなさそうだ。だからこそ筆者は、一人でも多くの方にお戻りいただくことを強く主張したい。

故・寛仁親王が漏らした不安

それというのも、旧十一宮家が皇籍離脱してからの象徴天皇制を取り巻く環境は、皇族にとって必ずしも好ましいものではなかったからだ。

思い出されるのが、戦後も皇室に留まった大正天皇からの直宮家(秩父宮家、高松宮家、三笠宮家)の方々のお言葉である。

寛仁親王
寛仁親王(写真=belloak/CC-Zero/Wikimedia Commons

昭和51(1976)年、『文藝春秋』誌上で「皇族団欒」と題する新春座談会が実現し、4名の皇族方が本音を語り合われた(昭和51年2月号)。その際に故・寛仁親王が仰ったことは、望ましい皇室の姿について検討するうえで重要な視点を提供してくれている。

「結局、『皇族というのは、どうあったんですか』とか、『今後どうしたらいいですか』とかいうことは僕たち三笠宮家の子供たちは伯父様(※筆者注:高松宮宣仁親王)に伺うしか方法なくなっちゃう」