米国の「実」を避け、「虚」を突く
ここに虚実篇が重なる。孫子は、敵の堅固なところ、すなわち「実」で戦うことを戒め、「虚」を撃てと説いた。「兵の形は、実を避けて虚を撃つ」。中国は、米国の実――軍事力、ドル覇権、最先端半導体――と正面から衝突しない。それらは堅く、代償が大きすぎるからだ。代わりに狙うのは、インフラが不足し、公共交通が脆弱で、行政が非効率な地域、すなわち世界の「虚」である。
米国が民主主義や人権という理念を語り、条件を突きつけている間に、中国は「明日の電気」「今日のバス」「すぐに使える通信」を差し出す。これは理念の競争ではない。生存条件の競争である。水が低いところへ流れるように、中国の影響力は世界の隙間を自然に満たしていく。虚を突く戦いは、反発を生みにくい。なぜなら、相手は「攻撃されている」と感じないからだ。むしろ「助けられている」と認識する。
この点で、形篇と虚実篇は密接に結びついている。形を作る場所として、最初から虚を選ぶ。虚を満たすことで形が完成し、その形が次の競争を無意味にする。こうして、中国は戦場で勝つ必要がなくなる。交渉で譲歩を引き出す必要もない。勝敗は、交渉の場に現れる前に終わっている。
米国が関税や制裁という「鞭」を振るうとき、それは往々にして実を叩く行為になる。堅固なところに圧力をかけ、正面衝突を招く。一方、中国は虚に入り込み、相手が気づかぬうちに前提条件を変える。この非対称性こそが、現在進行している「真空地帯」の静かな中国化を理解する鍵である。
形篇と虚実篇が教えるのは、戦争の巧拙ではない。競争が始まる前に、勝敗を決める設計思想である。中国の戦略は、この二つの篇を組み合わせることで、21世紀の覇権争いを「地図」から「生活基盤」へと移行させた。その結果、戦場は見えなくなり、敗北もまた、見えなくなっている。

