給与明細に胸を躍らせる

業務に慣れてきた私と新人・森君(※2)は吉井代理との同行から独立し、吉井代理は上原さんをフォローすることになった。この前まで私がやっていたアポ取りが上原さんの役割だ。

「わたくし、Y郵便局の金融渉外部の上原と申します。本日はぜひお伝えしたいことがあってお電話差しあげました。今、××さんに入ってもらっている保険で制度改正がありまして。ぜひお会いしてご説明させてもらえないでしょうか?」

見た目は自信なさそうな上原さんだが、アポ取りトークは悪くない。むしろ私よりもうまいくらいだ。追い抜かされないように私もがんばらなければならない。

5月下旬、本格的に営業職として稼働し始めてから初の給与明細をもらう。

総支給額29万円。4月以降は吉井代理と同行するかたちながらも挙績を計上していた。初めて獲得したボテ(※3)は「営業手当A:5993円」という表記で記載されていた。

銀行員時代は支店のノルマのために数字を追いかけた。個人ごとの歩合給は存在しない。ここでは、取った契約に応じてボテが付く。やればやるほど給料はあがるわけだ。明細を眺めながら、期待に胸を膨らませた。

給与明細
写真=iStock.com/frema
※写真はイメージです

※2 新人・森君
私と同じ「吉井班」のルーキー・森君も着実に成績をあげていた。森君は金融商品の知識もなく、営業の経験も少ない。しかし、その分好感度とフレッシュさがあった。かんぽ営業に必要なのはこれなのかもしれない。
※3 初めて獲得したボテ(編集部注 ボテは郵便局で支払われる「募集手当」のこと)
初めて獲得したのは前述した3月の宮部さんの定額貯金360万円分だが、締め日の関係で5月の明細に記載された。これとは別に6月の明細には「営業手当B」として2140円が計上された。

「あんまり口外できないこと」

「半沢ぁ、これからはひとりでやらんといかんでな。先輩に追いつけるようにがんがん取ってちょーよ」

時折タッコーは金融渉外部のメンバー一人一人にこうして声がけする。一種の締め付けともいえるが、「見てるぞ」というメッセージでもある。タッコー流の人心掌握術なのだ。

「はい、ぼちぼちやっていきます」私がそう答えると、

「貯金残高があるとこ狙わんといかんでよ。掛けてもらう保険料はできるだけ高いほうがええがね。それから端末見とることはあんまり口外せんほうがええで」

タッコーがボソッとつぶやく。最初は何を言わんとしているかがわからなかった。そのうちに社内のパソコンでゆうちょ口座のデータにアクセスすることそのものが問題行為なのだと気づいた。

かんぽ生命の保険営業を行なうのは「日本郵便株式会社」だ。これに対し、貯金などの金融サービスを扱うのは「株式会社ゆうちょ銀行」である。この2つはグループ企業で、「ゆうちょ銀行」は「日本郵便」に業務委託しているとはいえ、まったくの別会社だ。「ゆうちょ銀行」が管理する口座情報を、「日本郵便」が扱うかんぽ生命の営業にお客の同意を得ずに用いれば、個人情報保護の観点からも、企業倫理の観点からも重大な違反になる。実際にこれはのちのち事件化し、日本郵政の幹部が謝罪に追い込まれている(※4)

このとき、Y郵便局金融渉外部の全メンバーは当たり前のようにゆうちょ銀行の個人口座情報にアクセスし、アポ取りを行なっていた。

そして、タッコーら管理職も「あんまり口外するな」と注意しつつ、「できるだけ保険料の高い契約をがんがん取れ」とわれわれの尻をたたいた。

私は罪悪感も持たぬまま、必死にゆうちょ口座のデータを検索し続けた。

※4 謝罪に追い込まれている
2025年3月18日のNHKニュースは次のように報じた。「全国の郵便局を運営する日本郵便が、金融商品の勧誘に使うため、グループのゆうちょ銀行の顧客のべ1000万人分の情報を不正にリスト化していたことがわかり、日本郵政グループは日本郵便の社長などグループの役員14人の報酬を減額する処分を発表しました。日本郵政グループでは去年10月、日本郵便がグループのかんぽ生命の保険商品の勧誘に使うため、ゆうちょ銀行の顧客およそ155万人の情報を同意を得ずに不正にリスト化していたことが明らかになりました。グループで追加の調査を行なった結果、不正にリスト化したと推定される顧客の人数は投資信託の販売目的でおよそ775万人、国債の販売目的でおよそ52万人、かんぽ生命以外の保険の募集目的でおよそ16万人にのぼり、あわせてのべ1000万人分の情報を不正にリスト化したことになります」