授業は理論を教える場所ではない
【田原】そこも詳しく聞きたい。先が見えない社会では、どのような能力が必要ですか。
【松田】ひとことでいえば課題解決する力です。
【田原】課題解決なんて、先が見えようと見えまいと関係ないじゃない。僕は違うと思う。いまの学校の1番の欠陥は、正解のある問題の解き方しか教えないことですよ。見えない社会で必要なのは、むしろ正解のない問題に対応する力、もっといえば問題そのものを見つける力です。そういう意味では課題解決より課題設定でしょう。
【松田】おっしゃる通りで、私も課題解決と同時に課題を発見していく力は必要だと考えています。
【田原】これは日本の昔からの課題ですよ。僕は日本の教育について、宮沢喜一や橋本龍太郎といった歴代首相と議論したことがある。そのとき彼らがいっていたのは、国際会議で欧米の大臣は積極的に発言するけど、それと比べて日本の総理や財務大臣は発言が少ないということ。なぜ発言しないのかというと、間違いを恐れているからです。日本の教育は正解のある問題ばかり解かせてきたから、口をつぐんでしまうのです。そのあたりはどう思う?
【松田】日本とアメリカの両方で高等教育を受けたので、その差は肌で感じています。日本だと、教室は理論を教えてもらうところですよね。一方、アメリカでは毎週、授業を受ける前に500ページ分くらいの論文の束を渡されて、理論を頭に叩き込んでこいといわれます。授業は理論を使って議論する場所。それぞれが自分の意見をぶつけ合うということが非常に重視されていました。
【田原】リーダーシップの授業だと、どのような議論になるのですか。
【松田】たとえばアメリカ人とドイツ人では、リーダーシップに対するイメージがまったく違います。アメリカ人はリーダーシップを、強くてかっこいいものとしてとらえていますが、ドイツ人の同級生は、リーダーシップは悪だといって譲らなかった。