秀長の家臣団には「直臣」と「秀吉の直臣」がいた

歴史学者・黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち』(KADOKAWA、2025年)では、秀長家臣団の構成過程を検討している。そもそも秀長は、秀吉と共に信長に仕え馬廻に組み込まれている。その後1575年頃から秀吉の与力に組み込まれ、秀吉の領地である近江長浜で所領を与えられるようになったと考えられている。

つまり秀長は、秀吉の部下として独立した軍事指揮権を与えられたわけだが、問題はここからだ。秀長が率いる軍勢を構成する家臣たちは、どこから来たのか。

まず、秀長はここから必死に採用を始めている。代表格は織田信澄のところから引き抜いた、藤堂高虎である。ほかにも、所領を得た秀長は近江近辺で、様々な家臣を得ている。