竹下先生からは「汗は自分でかきましょう、手柄は人に渡しましょう」を実践する姿から、人生設計の計算の必要性を教えられました。そこには、「自分から苦労を背負い、さらに努力しなさい」との自らへの戒めも込められています。努力をすれば必ず人は認めてくれるはずだが、いくら頑張っても報われないことがあるのも事実です。が、そのときには、「手柄は人に渡しましょう」と思っていれば人を恨む気持ちもおさまるものです。

この点は竹下先生が野党からも慕われていたことでもわかります。彼は自民党の国会対策委員長を長いこと務めましたが、国対は国会でトラブルが起き、与野党がぶつかったときには折衝を重ね、最終的に国対委員長会談で事態の打開をはかるところです。いわば赤十字みたいなもので、難航が伴い、人並み以上の苦労が伴い、表に出て評価されることも少ない。それを承知の竹下先生は党のために国対で汗をかいた若手を登用し、ポストの処遇をしていました。さらに野党の国対にも気配り、目配り、金配りに至るまで、トータル・ケアをしっかり行っていました。

竹下先生は周到に気を配り、貸しをつくり、敵をつくらない戦略と、根回しによって着実に政治家として上に登っていった、いわば人間関係の達人と言っていいでしょう。