立花 隆(たちばな・たかし)
1940年、長崎県生まれ。64年東京大学文学部仏文科卒業後、文藝春秋社入社。66年に退社し、67年東京大学哲学科に学士入学。その後、ジャーナリストとして活躍。83年、「徹底した取材と卓越した分析力により幅広いニュージャーナリズムを確立した」として、第31回菊池寛賞受賞。98年、第1回司馬遼太郎賞受賞。著書『田中角栄研究全記録』『日本共産党の研究』『農協』『サル学の現在』『宇宙からの帰還』『青春漂流』『脳死』『天皇と東大』『小林・益川理論の証明』『20歳の君へ』ほか多数。

【Q】本書を開くと、写真家・薈田純一さんが立花さんのすべての書棚をレーザー墨出し器を用いて精密に撮影した写真によって、立花さんの20万冊の蔵書をそのままに見ることができます。その桁違いの量には圧倒されますが、これだけ多岐にわたる分野の書籍を読み込むには、例えば1つのジャンルの書籍を初級から上級へと段階的に読んでいくといったシステマチックな方法論があるのでしょうか?

【A】私は、「読書論一般」というものは成り立たない、と思っています。

人は皆、子供の頃からの知的経験を積み重ねて現在に至るわけですが、その知的経験というものは、当然個人差を伴います。ですから、読書論が成り立つのだとすれば、それは「その人にとっての読書論」でしかないということです。

私の場合は、システマチックに知識や情報を積み上げていくという読書はあまりしません。というのも、そもそも「自分がどんな情報を欲しているのか」ということ自体が、自分の頭の中で明確に整理されていないことのほうが普通だからです。

自己啓発の第一歩とは、自分が一体どういう人間で、自分のニーズとは何なのか、それを正しく知ることなのですが、この点に気づいている人はあまり多くないですし、それを知ることは、実はそうなかなか簡単なことではないんですね。

ただ、1ついい方法があります。それは巨大書店に行くことです。私が勧めるのは、まずは1時間くらいかけて売り場全体を歩き回り、その後望むべくはすべての売り場を選り好みすることなく見て回る、ということです。そうすれば、何か気になる本が必ずあるはずだから、少なくとも1冊、できれば3冊買ってみることです。

私は数年前まで立教大学で教えていましたが、学生には新年度の初めにまずこうした指示を出し、その3冊を選んで実際に買おうと決心するに至るまでのプロセスをリポートするという課題を与えていました。学生たちはちゃんとこの課題に取り組みました。なかには、自分の3冊にたどり着くまでに「あのフロアであんな本に出合い、次にこのフロアでこんな本に迷って……」などと、地図入りの力作リポートを仕上げてくる学生もいて、こちらも教えながらずいぶん楽しめました。