姉分の八千代が照葉にしたひどい仕打ち

宴会予約は引きも切らずやってきた。それを面白く思っていなかった姉さんの八千代は、デビュー1カ月半後の千代葉を呼び出して、旅館に連れて行った。待っていたのは八千代の舞妓時代の旦那。八千代は千代葉に囁いた。

「分かってるやろ……あんたもあれだけ見習いもしてきているのやさかい、舞妓に出たらどう、というぐらいの覚悟はしているやろ。姉ちゃんら、あんたの年より1年も前に、役目をしたんだっせ。またあんたに、こうして役目をさすのが、あての役目やさかいに、これだけは聞いてもらわんと、あての役目が済まんねん」(『黒髪懺悔 照葉手記』)。

こうして突然、千代葉はほとんど知らない男性相手に「役目」をさせられることとなった。まだ月経も見ない年齢だった。後に、八千代が加賀屋の義母も常どんも通さずに勝手に決めてしまったと知った。

そんなことがあってから、千代葉は警戒するようになった。幸い、人気があったので我儘わがままも通すことができ、紳士的な旦那らとだけ接していたものの、先方が処女だと思いこんで優しく接していることを知ってつらかった。

羽子板を持つ大阪の芸者・照葉。1920年に作られた絵葉書
羽子板を持つ大阪の芸者・照葉。1920年に作られた絵葉書(写真=Flickr/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

歌舞伎役者と恋に落ちるが、自由はなかった

千代葉がはじめて自分から好きになったのは歌舞伎役者、2代目市川松蔦しょうちょう、お座敷で会って以来の一目惚れだった。しかし、常どんは若くて器量の良い鼈甲問屋の音峰宗兵衛という旦那を押し付けてきた。千代葉は気が進まなかったが、別の旦那が落籍しようと目の色を変えてきたので音峰の座敷に出るようになる。2人の噂はあっという間に広がり、舞妓のくせに生意気だと芸者や仲間の舞妓にも無視された。松蔦は東京に帰ってしまい、四面楚歌の千代葉の孤独を埋めたのは音峰だった。音峰には妻があったが千代葉のために離婚し、ゆくゆくは妻にすると約束した。

しかし、幸せは長く続かなかった。音峰と千代葉が仲良く別府に旅行した際、千代葉が鏡袋に入れたまますっかり忘れていた松蔦の写真を音峰に見つかった。気を悪くした音峰はそれきり帰ってしまい、年末にも遊びに来なかった。

明けて1月3日、千代葉が客と飲んでいると音峰が他の座敷にいることがわかった。しかしいつまで経っても千代葉を呼ばない。夜更けに駆けつけてみると他の客といたことを責められ、浮気者とそしられて縁切りを言い渡された。千代葉はやましいことはないと言ったが聞き入れられず、玉突きに出かける音峰をなすすべもなく見送った。

なんとか身の潔白を証明したいと思った千代葉は指を詰めることを思いついた。