「ヒグマvs.ツキノワグマ」の結末
最後に共食いではないが、実験用に飼育されたヒグマとツキノワグマが突然闘争を始め、ヒグマが勝ちを収めたという珍しい記録である。
私どもは北大の博物館で隣りあわせの檻の中で五才になる長野県産のツキノワグマの雄と、四歳の渡島産のヒグマの雄を別々に飼っていた。当時はどちらも同じくらいの大きさで、二歳の子熊の時から飼っていたもので、掃除の時だけ檻の仕切りを開けて一所にしたが、いまだかつて喧嘩をしたことがなかった。ところがどうしたことか、晩秋のある日のこと、一所にした途端に猛烈な闘争がはじまって、まったく手がつけられなくなってしまった。その光景は真に凄惨そのもので、以前には餌を与える時には体に似合わない大きな声で鳴いたことがあるのに、この闘争ではいずれもうなり声ひとつ出さず、互いに血走った眼で隙をねらって猛然襲いかかり、手や爪は使わずに咬みあいばかりの喧嘩で、本能的に内股と下腹の間の毛の薄いところを目がけて咬みつき、組み合ったと思うとまた離れて、息づかい荒くにらみあう様相はものすごく、檻の外から怒鳴りたてる人声には気もとめず、ひたすら相手を斃そうと決死の闘志には、われわれは見るにたえなくて眼をおおってしまった。
身体の大きさは同じで、体力も同格、たがいに負けをとらないが、ヒグマが頭を振って咬みつく一撃は、毛の短いツキノワグマにはそのたびに有効な衝撃となるのに、ツキノワグマは顔が平らで顎が短く、相手のヒグマは毛が長いために渾身のひと咬みも皮に止まって肉に達しない。結局はツキノワグマの腸が引き出されて、ついに斃れてしまった(犬飼哲夫『林』1952年9月号)
凶暴化する「穴持たず」の恐怖
エサ不足が深刻である今年は、人里から遠く離れた深山幽谷のあちこちで、このような凄まじい闘争が繰り広げられているに違いない。
前出の犬飼教授はまた、次のように指摘する。
「穴持たず」の恐ろしさについては、以前の記事〈遺体の両目は飛び出し、顔面はグジャグジャ…札幌に現れ、幼児含む4人を食い荒らした「最悪の殺人グマ」の正体〉で詳述したとおりである。
闘争に敗北した手負いクマが、空腹を抱えて「穴持たず」となり、人里に下りてくる。
それはもはや最悪のシナリオと言っていいだろう。


