「Tシャツにして自分が着たいかどうか」

――このインタビューに備えて、学者さん向けに"学会発表をどうやればいいか"が書いてある本をいくつか読んでみました。わかったことは、書いてあることは「時間を守れ」とかその程度で、何よりもその本のレイアウトそのものに残念なものが多いということです。これでプレゼンとか言われてもなあ……と。

前野「自分も、そう思います(笑)。硬すぎる。自分、ああいうプレゼンのマニュアル本は、ほとんど読んだことないです」

――では、博士にはプレゼンのマニュアル、教科書はなかった、と。

前野「いちばん自分の参考になったのは、以前の指導教官の発表です。発表は、シンプルでないといけないと学びました。多くの人は、プレゼンのスライドに文字を詰め込みすぎている。基本はワン・スライド=ワン・メッセージだと思います。情報を取り入れるとき、人がいちばん慣れているプレゼンって、テレビなんです。テレビのとおりにやるといちばんわかってもらいやすい。なのに、なぜかプレゼンになると、ものすごく文字をいっぱい入れたり、ごちゃごちゃした絵を入れたりする。多すぎる色使いとか、アニメーションとか、プレゼンになると慣れないことを皆し始めるんです」

――テレビのとおりにやるといちばんわかりやすい、と気づいたのはいつですか。

前野「たぶん、ニコニコ学会β(※)。あのとき、ものすんごく考えました。初めて、研究者以外の不特定多数の人たちに見て戴く場だったので、わかりやすく、かつ、魅力的にやらなきゃいけない。もんのすっごく考えました」

※2013年4月27日、幕張メッセで行われたイベント「ニコニコ超会議2」内《第4回ニコニコ学会βシンポジウム/4th session むしむし生放送~昆虫大学サテライト》のこと。「昆虫大学」を主催するブロガー、メレ山メレ子さんが司会を務め、丸山宗利さん(好蟻性生物研究者)、小松貴さん(好蟻性生物研究者)、堀川大樹さん(クマムシ研究者)とバッタ博士が登壇し、昆虫(および緩歩動物)研究の魅力をアピールした。以下に当日の動画がある(要ログイン。バッタ博士のプレゼンは5時間37分目から)。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv133705212

――私もニコニコでの発表を拝見しましたが、その前に、池袋のジュンク堂で行われた博士の講演も拝見しています。すでに達人の領域でしたが。

前野「ああ(遠い目)……。よく人に『プレゼン上手だね』って言われるんですけど、がらっと変わったのはニコニコからです。あそこで、自分の今までのスタイルをぜんぶ変えました。スライドもデザイン的にものすごくかっこよくするとか。正直、ニコニコのプレゼンは自分の研究者としての人生賭けたくらいの思いでやりました。研究者としてまずバカにされないようにというのもありますし、かつ、『こんだけ研究ってアツいんだよ!』っていうのも伝えたかったし。研究者がダサいと思われているのは屈辱で、『研究者舐めんな』というのもあって」

――スライドのことばづかいもシンプルでしたね。

前野「あのスライドも、グラフィックデザイナーをやっている弟に、文字の大きさとか配置とか色使いとか、プロの人として訊いて。使う単語も、アニメやマンガの闘いの中のことばとか、シンプルかつ力強いものをのチョイスして。自分、ああいう場でつねに心がけているのは、1枚のスライドをTシャツにして自分が着たいかどうかを自らに問うというか」

――なるほど。確かに「我が生涯に一片の悔いなし」とかTシャツになってますね。

前野「自分のプレゼンでも文字だけのスライドも出てきてしまうんですけど、それをTシャツにして着たいか、ポスターにして自分の部屋の壁に貼りたくなるかを基準にしてます。料理人が自分で食べたい料理を出すのと同じかんじで、プレゼンは、つくります」

――そうやってプレゼンを鍛え上げてきた博士からすると、国際学会での発表デビューも、うまくいったという手応えがありますか。

前野「……いや……ヘコんで帰ってきました……」

●次回予告
もちろん緊張はあった。それでも、どこかに自信もあった。プレゼンの腕前だけではない。フィールド調査を重ねてきたサバクトビバッタ専門家としての自負。だが、博士は今、打ちのめされている。その姿はまるで、必殺技が通じず、地に倒れ、変身が解かれてしまったライダー的な何か。それほどまでに国際学会とは巨大な壁なのか。そうまでして、博士が世界に挑んだ真の理由とは何か。次回、《初めてハンサムと言われた》の巻(9月7日更新予定)、乞うご期待。

【関連記事】
仕事がない! ならば仕事を作ってみよう
奪われた成果――バッタ博士を襲う黒い影
33歳、無収入、職場はアフリカ
道具がない!――手づくりの武器で闘え
敵は組織?――現場の人に愛されるには