なぜかクマはとどめを刺さずに去った

熊は戻ってくるだろうか? 私にとどめを刺しに。それとも私がとどめを刺すのだろうか? あるいは最後の格闘の中でともに死ぬのかもしれない。最後の抱擁の中で。けれども、そうはならないことを私はすでに感じとっていた。熊はもう遠くにいる。毛皮に血をしたたらせ、草原をよろめきながら歩いている。私は熊が遠ざかるのを感じた。熊との距離が離れるほど、私は自分を取り戻した。私たちは――私と熊は自分自身を取り戻していった。熊のいない私と私のいない熊。だが、私たちは自分の体の一部を相手の体に残して生きていく。相手の体の一部を自分の体に残して生きていくのだ。

正面から見たヒグマ
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このノンフィクションが異色なのは、襲われたのが人類学者だったがゆえに、瀕死の重傷を負っても、クマをただの恐ろしい猛獣としては見ないことだ。事件前から、マルタンさんは先住民族エヴェンの人々に「マトゥーハ(雌熊)」という別名を付けられていた。その彼女がクマに襲われて噛まれ、しかも、とどめを刺されずに生還したという事実に、先住民族たちもマルタンさん自身も、特別な意味や運命的なものを感じる。

救出された後、マルタンさんは近くの村の診療所からペトロパヴロフスク市の病院に搬送される。「頭蓋骨は無事だった」というが、顎は砕けており、手術が必要な状態。しかし、病院では「これがロシアの医療体制か?」と驚くほど、前時代的な治療を受ける。

ロシアの病院に運ばれ、裸のまま拘束される

目を覚ますと、私は裸にされ、手首と足首に拘束具をつけられてベッドに縛りつけられていた。状況を把握しようとあたりを見渡すと、広くて白い部屋に、空のベッドが並んでいた。全体に老朽化して、ソビエト連邦時代の古い診療所みたいだ。遠くで人の声がしていた。息をする時に違和感がある。鼻から喉までチューブが入れられていたが、そのせいだけではなかった。