老後を健康に過ごすにはどんなことに気を付ければいいのか。管理栄養士の関口絢子さんは「『健康のために、たくさん食べなさい』とよく言われるが、それは間違っている。老後の食生活は、たくさん食べるから、上手に食べるという姿勢に切り替えたほうがいい」という――。(第1回)

※本稿は、関口絢子『食が細くなってきたら! 少食でもちゃんと栄養がとれる食べ方』(アスコム)の一部を再編集したものです。

ご飯を食べるシニア
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです

「たくさん食べる=健康になる」は間違い

「健康のために、たくさん食べなさい」
「食べ物を残してはダメですよ」

そんな言葉を聞きながら育った私たちは、つい「食べないこと」に罪悪感を抱きがちです。とくに「もったいない」という言葉は、フードロス問題の視点からも、日本発祥の価値観として大切にされています。

でも、体にとって本当に大切なのは、“自分が心地よく食べられること”ではないでしょうか。無理に食べることを続けていると、やがて「食べたくない」という心の反発が芽生えてしまいます。それが「食の自己防衛反応」ともいわれる、摂食拒否というかたちで現れることもあります。

認知症の方の場合は、この摂食拒否が「叫ぶ」「手を振り払う」「口を閉ざす」などのBPSD(行動・心理症状)として現れてきます。健康は、「たくさん食べる」ことだけではつくれないのです。ここでは、無理をした代償にどんなことが降りかかる可能性があるのか、さらに詳しく見ていきましょう。

●消化不良を起こす

食べられる以上の量を無理に詰め込むと、胃酸の分泌が追いつかなかったり、胃の動きが鈍くなったりして、胃に停滞しやすくなります。その結果、胃もたれ、胸やけ、腹部の不快感、吐き気などの症状が出やすくなります。

食事が「楽しみ」から「義務」になってしまう

●腸内環境が乱れる

無理に詰め込んだ食べ物は、胃でよく消化されないまま腸に送られることになります。すると、腸内細菌のバランスが乱れたり、腸壁に負担がかかったりして、下痢や便秘の原因になります。

●自律神経が乱れる

自律神経とは、リラックス状態と活動状態を切り替える、体のシステムです。無理な食事で体にストレスがかかると、この自律神経のバランスが崩れ、食欲不振がさらに悪化したり、全身のだるさを感じたりすることがあります。また、腸の運動(ぜん動運動)は自律神経に支配されています。ストレスが多いときは腸の運動が抑制され、さらに食欲が低下します。

●精神的なストレスがかかる

「食べなきゃ」という強迫観念がつきまとうと、食事が「楽しみ」から「義務」に変わり、ストレスになってしまいます。すると食欲不振が悪化するほか、脳と腸はお互いに密接に影響を及ぼし合う(脳腸相関といいます)ため、胃腸の働きが鈍って消化不良や吸収力の低下を起こすこともあります。

「もったいない」の本来の意味

少食さんにおすすめなのは「お腹が空いたら食べる」という、自然な食欲にまかせた食べ方です。

「食べたいな」「おいしそうだな」と感じたときに食べるほうが、唾液の分泌も消化も活発に行われます。ですから、1日3食という習慣に縛られず、自分が食べたいタイミングで食べてもかまいません。

また、「残したら悪い」と気にして無理をするのではなく、食べられる量にとどめたほうが体調のためといえます。戦後の日本では、「食べ物を粗末にしてはいけない」という教育のなかで、「残さないこと」が美徳とされてきました。その背景には、先ほどもふれた「もったいない精神」と呼ばれる、命や資源を大切にする日本独自の価値観があります。

ところがその一方で、日本ではまだ食べられる食品が、年間約522万トンも捨てられているという現実があります(令和3年度、農林水産省・環境省推計)。1人あたりに換算すると、毎日お茶碗1杯分の食べ物を捨てている計算です。この「フードロス」は、単に“もったいない”だけでなく、食料を生産・流通・調理するために使われたエネルギーや水、資源の無駄遣いにつながり、地球温暖化を進める一因にもなっています。

本来の「もったいない」とは、過剰に食べようとすることではなく、必要なぶんをありがたくいただくという“質と節度”の感覚なのです。